カルチャースクール

「朗読」の講座で、なんとかそう言う所に講師で潜り込めないか(?)と思って、調べてみると結構ある。
随時募集している所がほとんどなので、webのフォームから、書類で、と講師登録みたいなことをしてみる。及びがかかるかどうかはわからない。ましてちゃんと教室として回るのか(=実入りがあるのか)というと、まぁ期待薄なわけだけれども…。

この講座を提案する時に「何を前面に推していくか?」というのは考えどころである。ホントのことを言えば「演劇講座」が一番やりよいのですけれども、どこのカルチャーセンター見渡してもなかなか「演劇、演技」ってのはない。「ボイストレーニング」「声優講座」ってのはおっきい所ならやってる所もあるんだけれど。
「俳優が教える、魅せるスピーチ講座」
「声に出して古事記を読んでみよう!」
「名台詞をあなたも!」

つまり、「何を朗読するか?」というようなことですね。「何を声に出すか」でもいいのですが。それがお商売によると「ビジネス会話」になるんだろう。そっちは勿論できないけれど、「演説講座」ならかなり自信がある。身振りや手振り。いかにして、通り過ぎていく人の目を引き足を止め耳を傾けさせるか?その手振りや目線の配り方など。
これ演技ですから。
ただこの場合ターゲットが「立候補を検討している人たち」というそうとう狭い範囲になる。
でも競合はまず居ないだろうし、つまりブルーオーシャンかも?とか。

「紙芝居」とかもやれるだろうし。あいや勿論勉強しますけど本当にやるとなったら。

「こんなことできませんか?」と聞いてもらえたら、二つ返事で「できます」と答えてからどないしたろうか考えてなんでも仕込むわけですが、「どんな講座、どんな切り口が生徒さんが集まりそうか」ということを考える脳の部位がもう本当に未発達なので、参ります。

物欲の春

プロジェクターを買ってからというものDVDを借りて映画を見るのがとても楽しみでしかたがない。
しかしこうなると、音の方も、もうすこしグレードアップできないものか?と思うのは自然の成り行きで…。
5.1chのスピーカーのシステムなんて、「お金持ち」案件なので無理とは分かりつつも調べてみる。それは商品自体の金額が高いと言うことではなくて、それを設置するようなスペースが無い。ということなのだけれど。
しかし、この20年、テレビが壁掛けになり、薄型化が進むに連れて音の方はどうしても脆弱になってゆく。のに歩調を合わせ、それを補完するような商品もでてるのですねぇ。
知らなかった。サウンドバーなるもの。欲しい。すごく欲しい。
ふらっと入った家電量販店で感じをみるべくスイッチオンしてみるも…。やっぱり周りがうるさくて分かんないのです。

どーしよ…。欲しい。でも。5.1chのシステムどころか、サウンドバーすら置くスペースが無いんだよねぇ…

正直者の会.labのこの先

昨日と、そして今夜と正直者の会.labのワークショップです。
「初めまして」の方とお会いして、自己紹介、そして「.labというのは・・・」という説明、紹介をすればするほど「うん。結構頑張ったなー」と感慨深い。この場合の「頑張った」の主体は僕ではない。ラボという集団だ。ずうっと残ってくれているメンバーもいるけれど、少なくない割合で毎年メンバーは入れ替わったから、誰がってことではない。私の体の細胞も新陳代謝するようにして、「ラボ」という主体、生き物が確かにあったように感じる。

劇研アクターズラボで3年。(アクターズラボが「一年で作品を作るサイクル」になってから3回り。で、その前の「半年で作品を作るサイクル」の時を入れるともひとつ長い)正直者の会になってから6年。

この先について、ちょっと立ち止まって考えてみます。

稽古の無い日々

初夏のような暑さだと思ったら、又急に冷え込んだりするからこの時期は油断ならない。お花見にはお湯をいれた保温ポット(水筒)を持参して、焼酎のお湯割りなんかを飲むのがよろしかろう。

お花見なぁ。個人的に(つまり一人で。ひとりぼっちで)は例年通りしているのだが、大勢での花見は例年通りしていないし、又する予定もない。自分が呼びかけ人になって「花見しようぜ!」と人を誘うという柄ではないし、翻って誘われる方か?というと、まぁ誘われないからこそ例年花見に行かないわけだ。

「こんな奇麗なサクラを見るのも、あと何回だろう?」と、結構真剣に思うことがある。「真剣」というとちょっと違うか?どういうのか、「真実みを持って」といえばいいだろうか?
人の生の時間は誰しも有限であるということを、改めて感じる。

つまり、私は今、結構暇なのだ。
この二年がちょっと過密スケジュールだったのは事実にせよ、一転、こう「稽古の無い日々」が続くと何か「体の組成」が変わっていく気がして、それはそれで面白いのだった。

わかっちゃいるけど。

3月29日である。
二月の末に「三月一日から始めるぞ!」と心に誓った三つのことが何一つ履行されなかった自分の意志の弱さに今更驚くことはないが、それでも少々の自己嫌悪はあるわけで、4月一日からは「まったなし」「なにがなんでも」「不退転の決意で」と、どっかの国の政治家のようなことを唱えながら、今夜、明日、明後日、はダラだらっと自分を甘やかす所存。

これがいかんのだ。わかっちゃいるのだが。
twitter
カレンダー
03 | 2018/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
最新記事
リンク