早朝事故。と公演について2

早朝6時24分頃。
バイクと接触事故。

相手の大学生さんにも大きな怪我はなくてよかった。
けががなくても、車がへこんでなくても、仕事中の事なので、とりあえずおまわりさんにご足労頂いて現場検証。

ああ。タバコがすいたくなる。

本当に、反省です。ごめんなさい。

・・・・・・・・・



「二音ゲーム」
「二音ゲーム」とは?
説明出来る範囲で説明しますと・・・

稽古場で行う俳優のトレーニングです。

・ 人数は二人

・ 交互に発声する

・ 発声するのは二音(「あ、と」「み、つ」「ぽ、の」「げ、れ」等々)


というルールで、「声のデュオダンス」をする。
音量や、音程や、リズム(「たぁ~~~いっ」「ざっっく!」などなど)や、強弱や・・・発音、発声に伴う全ての要素それらを「影響され合って」進行する。時に寄り添い、時に無視をし、反対をやってみたり。

基本のルールをどんどん緩和して行く。
人数を増やしたり、しゃべれる音数をふやしたり、「発声する順番」をランダムにしたり、「連続での発声」も可能にしたり。
この時点で「意味の引力」からいかに逃れるか?いかに乗って行くか?という一番大きな問題が発声してくる。
たとえば、

A ぽん
B ぴん
A ぱん
C つの
A ひも
B がき(「パンツの紐が切れた」というような文章の流れ)
A がく(からの離脱)
B がこ
A げこ
B ぴょん
C ぴょんぴょん!
B 田んぼ
A ぱしゃん!(カエルが水に飛び込んだというようなこと)
B ばーしゃん
A おばーさん?
B はい。なんでしょう?(会話になっている)




更に慣れてくると、体の動きもプラスしてゆく(ここまでは基本的に椅子に座った状態で行う)
ランダムに「長い文章」をしゃべらなければならないという縛りをかける(叙情文、叙事文、宣言、などなど)
長い文章の「それを語る人の足場(つまり目線)」や「時間」を必ず変えるという縛りをかける。
「私はお気に入りの帽子をかぶっていた」
「頭の上。帽子。好き」
「あの女の子が赤い帽子をかぶって、商店街を歩いて行く」
「その少女の足取りは重く、頭にのせた麦わら帽子さえもが、何か、彼女への罰のように思えた」
「彼女は、ひさしを何度もあげながら。あ、ずり落ちるからね。だからなんども、こうあげるの。そうしながら、歩いて行くんだわ」
等々。

・・・・・・

あくまで「発声」という運動。
そこで語られるイメージや意味や自身達の身体と、その「口からでた音」とで、即興のダンスをする。

といったところでしょうか?
何が面白いのか?とお思いかもしれませんが、これは面白いのです。本当に。

おそらく、これは文章では伝わりません。が、「文章では伝わらない」物の魅力を、そのほんの一部分でもなんとか文章で紹介して、興味をもってもらうというのが、この文章の趣旨でありますからして、「伝わりません」で終わっていい訳がないのです。

むりやりいうなら、「空間が歪む」のです。
「二音ゲーム」の面白さとは「空間が歪む」ことです。
つまりこの「二音ゲーム」は「空間が歪みやすい場」であるということがいえるでしょう。
「空間が歪む」というのは、どういうことか?
これは、・・・・すいません。ここが限界です。(笑)
『空間が歪む」としかいえません。
この「空間が歪む」という言葉や感覚が、「二音ゲーム」から始まったという訳ではありません。それまでも、多くの素敵なダンスでお芝居で音楽で、そのように私は感じたことがあったし、自分のお芝居においても、「空間をゆがめること」を目指して演出をつける事が常にありました。
が、こと、この「二音ゲーム」においては「空間のゆがみ」が、頻繁に発生するのです。それが二音ゲームの最大の、(唯一の、かもしれません)魅力です。
この魅力的な場(二音ゲーム)に提出された「意味」「言葉」「体」は、常にあるテンションをかけられることなります。
ひっぱられたり、
圧縮されたり、
ねじられたり。
だから、歪んじゃうのです。

このような「二音ゲーム」から生まれたのが今年の春にC.T.T京都で発表した「ゲーム1」というタイトルの小作品でした。

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