ダンス鑑賞→稽古


演劇計画2009 白井剛演出作品『静物画 - still life』@京都芸術センター講堂

随分と前に丸井さんからお知らせを受けており、「お金がないなか、どれにいくべきか」選ばねばならない多くのイベントのリストには入っていたのだが、おとつい夏目からお誘いメールが来たのが決め手になった。
夏目がお誘いのメールをくれることは珍しいことで、まず、「私(田中遊)にとって興味深い作品」であるだろう可能性は極めて高い。
で、今日のお昼に拝見する。

あ、そうだ。竹ち代さんからもお誘いいただいてたんだ。ごめんなさい。
白状すると昼間アイホールに行って、戻って来ても夜の稽古に間に合うな、という計算まではしてたのですが、あの・・・、距離ですかね。大庭さんも出てるんですよね。ビラ好きだったんで、張ってるんですが、今も。

あ、そしてそうだ。アキラ君もごめんさない。土曜のアークデュー。
これはあれです。嵐になりそうな感じで、原付どないすんねんとかで。本番来週土曜日なんで、風邪引く訳にはいかないなぁとか。というか、風邪気味だったのが、ちょうど快方にむかっているところだということもあり、パンクで打ちのめされて暴風雨にうたれて、というのは、へこむかなぁと・・・


何の話だ?
そうだ。風邪治りかけって話です。
身体の中で、なんか

ゾワゾワゾワ

ってする感じ。
いや、もう少し細かい波、振動か。

ゾゾゾゾゾ

ひょっとすると「風邪の引き始め」と同じ地点を「上って来たか」「下って来たか」の違いなのかもしれないですが、何しろそういう。
身体の周りに薄膜が張っていて、その下で何かがうごめいているような。
春。
啓蟄。

・・・・

水木しげるの「昭和史」という、彼の半生を描いた自伝漫画。
彼は戦闘で片腕を失う。で、それが快方に向かって来たのを彼が実感するというエピソードがあって、(エピソードってほどのものでもなく、そういうコマが有ったということなのだが)彼が包帯の巻いてある腕(肩より少し先までで、そこから先はない)を匂いでいる。
その絵(コマ)に、
その治りかけている傷口から包帯越しに「赤ん坊の匂いがした」
という、彼の述懐の文字が添えられていた。

と記憶している。

多分そういうことだろう。
新陳代謝。

古い皮膚の内側で、新しい皮膚が生まれつつ形作られつつあり、
古い皮膚と、新しい皮膚との間にできた隙間で、何ががゾゾゾと動いている震えているのだ。

そういう私の身体が客席にあって、おそらくそれも大きく影響して、とてもとても面白い時間を過ごせた。
『静物画 - still life』の話です。

シンクロ率がいつになく高かった。
のだろうと思う。

客席にいるものは、身体の自由を奪われ、言葉を発する自由も奪われ、
その結果でもあるし、また仕組みとしてでもあるが「いないもの→実在しないもの」として置かれる。

霊化

で、私の霊魂は、ダンサーという器に乗り移る。
大昔であれば、そこで私は神様とであったのだろう。

踊り手の身体は、観客の霊魂と神様が出会う「場所」として有ったんだろうと思われる。


器には、蜜が塗られたりだとか、呪文が書かれたりだとか、そういう「霊魂を呼び込みやすくする触媒」がつけられる。
「皮膚感覚」は、そういう、「入り口」というか「入り口と書かれた看板」というか。
まぁ触媒か。誘い込む。

ひんやりしてたり、ふわぁんとしてたり。

っていうかあれだ!そう、冒頭で。
女の人が右手で持ったフォークで自分の左手をいらってるところで一気に持ってかれたな・・・。

フォーク。
コップ。
ティッシュ。

何かに触る。ということ。そこには触覚が発生する。
「その感覚を感じている」主体はダンサーであるから、触覚自体はダンサーに帰属する。
が、その「触覚」が在る間には、かならず「何か(コップ、フォーク)」との接触が有る訳で、そうすると、「触覚が発生している」という出来事(?)自体は、「何か(コップ)」とダンサーとに共有されているものだろう。
「背骨のあたりで二つの針金がねじれ上がって行く感覚」
だとか
「へそが、へそだけが上空へと上って行ってしまって仕方がない感覚」
だとかが、そのポジションをダンサーの内部に置くのに対して、
皮膚感覚ってのは、そのポジションが、「パフォーマー」をそれ以外と分つ輪郭線上に置く。
皮膚なんだから。当たり前だな(笑)

ヒフ
カワ
ヘリ

ヒリヒリしてなかったなぁ。
なんか「皮膚感覚」というと真っ先に「ヒリヒリ」という擬態語が浮かぶが、それはなかった。
ただなんか春めいていて、(なもんで、途中で何度か落ちかけた)昼の会に行ってよかったなぁと。

講堂は完全に遮光されていない。いくつかの窓は遮光されているが、いくつかの窓は薄いカーテンがかかっているだけ。なので、昼は外からの明かりが会場に入ってくる。夜の会に見に行ってたら風邪が再び悪化したかもしれぬ・・・など。

いろんなことも考えた。(それこそ、目の前の出来事そっちのけで)

15時開演(実際少し押したろうが)の16時前に終演。
式典の稽古が19時半から。

約三時間のインターバルをどうしようか?というのが見る前のちょっと困った懸案であったが、芸術センターを出たその足でローソンに向かいノートを買って喫茶店に入り、思考を書きまとめてると、あっという間に3時間は過ぎた。


まだ整理しきれていない。
お鍋の中でお湯が沸いて、その泡、対流にのっていろんな具材がぼっこりぼっこりと浮かんでは沈んで。
いろんな景色を見せている。頭の中。

読みかけの本は「時間は実在するか?」
稽古中のテキストは「で、こいつは誰やねん?」
明日は5時半起き。

そうそう。帰りしなにね。通りがかったセルフのガソリンスタンドでね。行列ができてたんですよ。22時回ってるんですね。
で、何かいな?と思ったら、洗車機に並んでるんです。

ん?

そうか黄砂。

日本でも、京都でもアスファルトをめくると、そこには土があるのですよね?

本当に?

ストップ////

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