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R高校のK先生

Brother製のプリンターが台本の最後の一枚を吐き出した。私はそれをひったくってファイルにしまい鞄に入れてあわてて玄関を出た。我が家からR高校までは原付で35分ほどかかる。約束の時間は十三時半だが、時計の針は既に十三時十五分を指していた。「プリンターの調子が悪くってさ。」というのは劇団の稽古に遅刻する言い訳には使えても学校が相手だと勿論通用しない。団地の階段を五階から一階まで駆け下りながらスマホで担当のY先生当てにメールを打つ。「すいません。到着が十五分ほど遅れます…」駐輪所に停めてある原付スクーターの足下に小さめのキャリーバックを詰め込んだ。キャリーバックの中身は「衣装」や「小道具」だ。カツラや山高帽師、サングラス、アコーディオン、軍服、メイク道具、覆面…。模擬刀(偽物の日本刀)はキャリーケースに入り切らず、柄の部分はスクーターのハンドルの辺りから上ににょきっと突き出している。音響用のiPadとパソコンの入ったリュックを背負って私はエンジンをかけて走り出した。
R高校には2013年からずっとクラス劇指導という形でお世話になっている。ありがたいことに今年もさせていただけることになり今年度が六年目だ。去年までの五年間学校との窓口となってやりとりさせてもらっていたのはK先生という女性だ。生徒指導部にいらっしゃったこの熱心な先生が他の高校に転勤になると聞いたのは三月の末だった。R高校は公立の高校だ。だからいずれいつかはそうなることはもちろん私にもわかっていた。しかしいざそうなってみるとやはり私は不安な気持ちになった。この五年間、K先生には本当に言葉では洗わせぬほどおせわになってきた。指導のしかた、時間配分などについて彼女から率直な意見を聞かせてもらい、また私の思いを多分に汲み取っていただいた。例えばこのR高校の文化祭のクラス劇では優秀作品の表彰しかなかった。そこに「俳優賞」「音響賞」「照明賞」「美術賞」というものをねじ込んでもらった(笑)私としてはスタッフに対する賞を是非とも作っていただきたい、とかなり強く進言した。俳優賞は「ついで」と言ってはなんだけれども、それほどまでに強く押す気はなかった。クラス劇の価値、そんな物があるとするならば、評価されるべきは「総合力」だろうと思っている。それだけは悪いけれ、どんな「演劇の大家」や「教育の親分」が来ても私は譲れない。クラス劇で役者を務めるなんて腹の据わった生徒さん、あるいはそれが無理矢理推薦されたにせよ、同級生上級生下級生先生保護者らが何百人と集まる体育館で照明を浴びて台詞を言えるような子らは、もうそれだけで100点以上だ。そのステージには足を乗せられなかった残りの生徒さんたち。つまり裏方、大道具、照明、音響、小道具、衣装、メイク、演出…に回った生徒さんたちが、どれだけイキイキできたのか?ということがクラス劇の価値だろうと思っている。K先生は、このスタッフへの賞の創設だけでなく、機材(床置きの集音マイクや照明操作卓)の購入や、当日の運営の仕方まで、本当に本当に尽力してくださった。おかげでなんとか私はクラス劇の指導に当たることができた。(おおもとの話まで遡ると、昨年で活動を終了した正直者の会.labの俳優、渋谷さんがこのR高校の先生でらっしゃって、彼の紹介でやらせてもらうようになったのだった。)K先生がいらっしゃらなくなって、これまで同様うまくやっていけるだろうか?私は正直不安な気持ちでこの数ヶ月感を過ごして来た。新しく引き継いで担当をしてくださることになったY先生とはメールでやりとりをさせていただき「例年通りで実施してくれ」というお言葉ももらったので、いきなりお払い箱になる可能性は消えたとは言え、また一から関係を作っていかなくてはならないことには違いない。例年より一層の緊張感を持って今年度一回目の指導を遂行するべく、私はR高校へスクーターを飛ばした(十五分遅れで)
指導しはじめて二年目の2014年からは毎年度その年度の最初に私が訪れる時間の指導は「演劇レクチャー」ということになっている。高校の一コマ=四十五分で「演劇とはなんぞや」ということを生徒さん四十人×七クラス=280人程度の17歳(前後)の若者に向けて語らなくてはならない。担任の先生方の生暖かいまなざしのもとで。

なんどもこの欄で書いていることでは有るが、改めて書きたいと思う。
無理だ。
45分で演劇とは何かを説明するのは無理だ。

とは言え、忙しいのは高校生も高校の先生も、あえて言うなら私も一緒だ。だからやらなきゃならない。そうしてこれまで四回やってきたわけだから、今年だってきっとできるに違いない。いややらなきゃ!でもK先生が今年はいない…。
今日は五月とは思えない暑さだ。その中私は何故か冷や汗をかきながらバイクを飛ばしてなんとかR高校にたどり着いた。原付のエンジンを切って校門脇の人が通れる小さな門を開き原付をおして校内に入った。先生らしき人が前から歩いて来て私に怪訝そうな視線を向けた。見慣れない中年男性と、その男が押す原付のハンドルの上から飛び出した日本刀の柄を見たら、先生は「怪訝そうに視線を向ける」ぐらいのことをするべきだし、しない教員は信用に値しないだろう。私はなるべく朗らかな印象になるように気をつけて彼に挨拶をした。
「こんにちわ。お世話になります」
先生はくいっと首で会釈して私が開けた扉から表の道へと出て行った。
さぁ。仕事だ。今年も頑張ろう。気を引き締めた。私はスクーターを停めてキャリーバックを引きずって体育館の方へと急いだ。

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