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コーヒータイム

朝4時55分。今朝も私は携帯電話のアラームよりも早く目を覚ました。最近はだいたいこの時刻に目を覚ます。まだ部屋は薄暗い。机の上の小さい時計の文字盤は見えないのだが、おおよそそのぐらいの時刻だろうことは想像がついた。もちろん昨夜アラームをかけ忘れていて、実はもう6時半だということも考えられなくはない。私はふとんから起き出して本棚の上で充電している携帯電話を手に取った。表示は4時57分。やはりだ。何度か書いているかもしれないが普段の私は午前六時前後に家を出る。おおよそ五時五十五分から六時五分までの間だ。五時五十分に出てしまうと会社についてからちょっと扱いづらい微妙な時間ができてしまうし、六時十分に出ると急いで運転して会社に到着してユニフォームに着替えてタイムカードを押すのが六時三十分ちょうどぐらいの綱渡りになってしまう。五時五十五分に出る目算で動きながら「忘れ物」をしたりとか、「もうちょっと便器に座っていたり」とか、「もう一杯だけ水を飲んだり」というような塩梅で、多少それより遅れることがあるという形だ。六時前後に家を出る私が、まさか「朝起きてコーヒーを淹れ、新聞を読んでから出勤する」ようになるとは、本当に想像だにしなかった。今でも信じられない。
台所に息ポットに水を入れコンロにかけながら、歯を磨いた。電動歯ブラシの振動は気持ちがよくて私はついつい五分十分口にくわえたまま上の歯から下の歯へとうろうろさせてしまう。ポットのお湯を湧かしながらだと、ちょうどお湯が沸いた所でキリがつくので具合がいいのだ。ドリップペーパーに粉のコーヒー豆を三杯分入れた。私はお湯を少しだけ注いでから歯ブラシを口から出して水道の水で洗った。顔も洗ってタオルで拭く。これでちょうど「蒸らし」の1分ぐらいだろう。さっきよりも膨らんだコーヒー豆の丘に静かにお湯を注いだ。最近とにかく寝続けることができない。この先も私の体はどんどんと変化していくのだろう。不可逆的に。それを純粋に100%おもしろがれるほどできた人間では私は無いし「昔できたあれやこれやができなくなっていく」ことは単純に悔しいと感じる。「寝続けられなくなった」と捉えるか「早起きできるようになった」と捉えるか。物をどう言う側面からみるかという、たったそれだけのことを、人間は人生と言う長い時間をかけて実験し、研究しているのかもしれない。
私はそんなこと考えながらお湯を注いだ。コーヒーを入れる時間はとても貴重な考え事の時間だと思っている。

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