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一筆箋

無印良品で買った半透明のプラスチックの戸棚を開けた。一段目には教科書が入っていた。二段目にはノートの類い。三段目にはハサミだとかノリだとかが収納されていた。娘は今年十一歳になる。ほんの一、二年前までは全く感じなかったのだが、娘の戸棚を勝手に開けることに対して、私の中で若干の抵抗が出て来ている。彼女の成長に合わせて「彼女の物」の輪郭がくっきりとして来ているのだ。私の中でも彼女の中でも。更に何段か引き出しを開けて私は目当ての彫刻刀を取り出した。午前中に郵便屋さんが配達してくれた「版画用ゴム板」を掘ろうと思ったのだ。ゴム板は送料込みで500円程度。大きさはちょうど名刺サイズ。妻に言わせれば「消しゴム買ったらええねん」ということなのだが、そのサイズの消しゴムを探す手続きを考えるとAmazonでパッと買ってしまっても後悔はしないぐらいの値段だろうと思っている。
「罫線」の判子が欲しかったのだ。昨年の祇園祭の時に京都芸術センターの近くの「lleno」(ホームページ)で素敵な紙を沢山買った。私と娘と二人とで鉾の立ち並んだ町をぶらぶらしていた時に、「そう言えば娘を連れて来たことが無かったな」と思って立ち寄ってみたのだ。このllenoという店は今はもう芸術センターの近くにはない。そこは撤退して元の一号店?になるのかしら。烏丸鞍馬口の方で今も営業は続けておられるそうだ。娘が生まれる前、妻と結婚して数年を私たちは烏丸鞍馬口のアパートで生活した。だからその当時から「ご近所さん」という印象を勝手に持っていて、芸術センターの近くに店を出された時には「奇遇だなぁ」なんて思った物だ。なにせ(ホームページを見ていただければ分かると思うが)素敵なノート屋さんだ。私は「こんなノートなら素敵な台本が書けるに違いない」と思って何度か買った。結果はご想像の通りだ。ノートの素晴らしさ。その素晴らしいノートを手元に置いておく快感、と、創作の進行は比例しない。ただ私はそう安くもないノートを買う口実が欲しかっただけなのだ。逆に罰が当たって台本が書けなくなっても不思議ではない。そんなノート屋さんで「製本(製ノート?)されずに紙として残ったもの」を福袋的に束にして「一袋千円」とかで売ってらっしゃったのだ。私は一も二もなく飛びついた。(その口実、というかアリバイとして娘にもノートを買ってやったことは言うまでもない)その紙が束のまま、僕の引き出しに眠っている。何枚かは使った。けれど、いざとなると「勿体なく」感じで結局しまったままになってしまうのだ。買ったときからそんな気はしていたけれど…。そこで私は思いついた。日常で一筆箋を使う機会はままある。ならばこの紙を一筆箋にできたら素晴らしくないか?と。
ようやく話が元に戻ってきた。つまりその為の「罫線のスタンプ」が欲しいと思ったのだ。ネットで探してみると案の定そう言う商品もあった。しかし僕の想定よりも若干高価。となれば自分で作れば良いじゃないか。難しい柄を彫るのなんて僕には到底無理だけれど、相手は何と言っても「罫線」だ。只の直線だ。これなら大丈夫なはず。

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彫刻刀を扱ったのは何十年ぶりだろうか?娘の彫刻刀は私のイメージしていた物より遥かにカラフルだった。まず柄がプラスチック製だ。僕らの頃は勿論柄は木製で、それを仕舞う箱の表に印刷されていた木彫りの仏像(?)の厳めしさが記憶に残っている。「彫刻」というものをどこかしら「厳かなもの」として受け止めるこの感性は少なからずあの「木彫りの仏像」の写真によるものではないだろうか。若干の気負いが有りつつもしかしやり始めると相手がゴムということもあり、私は難なく小一時間ほどで、ほぼ想像通りの物を作ることができた。

判子が作れたら今度はスタンプ台が欲しくなる。銀色や緑の少し混じった灰色や濃い茶色…。紙の色に合わせて版をおせばとても素敵な一筆箋ができるはずだ…

私はまたぞろパソコンを開いて「スタンプ台」と検索窓に打ち込んだ。人間の欲望にはきりがない。

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