ゴキブリと劇団新感線

劇団新感線を見てきました。ちょうど今週のヤングジャンプのあの、ゴキブリの漫画(あの面白いやつです。マーズアタックじゃなくて、名前わかんないんですけど、カニ人間とかスズメバチ人間が火星でゴキブリ人間と闘う漫画です)で「人は、疲れてるときが一番いいフォームで走る」というようなことが出てきてですね。漫画自体も立ち読みでダッとしか読んでないのですが、多分(僕が理解するところでは)「人は疲れくると、一番エネルギー効率の良い方法を選ぶので、結果、理想的なフォームで走る」ということだろうかと思うのですが、今日、舞台上の俳優さんたちを拝見して正にそんな印象を受けました。

「加減の効かなさ」とか「無茶苦茶さ」のようなものは、どないしたって若い人には及ばないはずなんですけど、どういうんでしょうね…。つまりフォームに無駄がないんでしょうね。(ってか、疲れてるし飽きてるし(笑))
「無駄が無い」ってのは演者さんもスタッフさんもそうでしょうけど、お客さんもそうなんだなぁって。そうってのはどういうことかって言うと、お客さんの方も「理想的なフォーム」で観に来てるってことです。それは本当に強く感じました。
見に来てるお客さんに「無駄がない」。つまり「楽しみに来たから、楽しんで帰る」ってことなんですね。そりゃそうですよね。客席見渡せば、僕よりも上の世代がボリュームゾーン。お金はあるかもしれないけれど時間はないええ大人です。
「安くはないチケット買って無いスケジュールを割いて見に来てるのに、「気に食わないどこか」を探しながら見る」なんて邪魔でしかない。もったいないんでしょうね。

まっすぐ最短距離で「楽しみに来ている」お客さんと、省カロリーで無駄無く「楽しませる」俳優、スタッフ。偉大なる予定調和。若い頃にはアレルギー反応を起こしてたんですけどね、予定調和って。それが今日、すんなり楽しめて、ああ良かったって。年取るって良いなぁ思いました。楽しめることが増えるんですからね(!)しかし冷静に考えると今の世のなか「予定調和」なんて舞台の上にしか存在しないのかもしれません。そして「今の世の中」なんて限定するのはいかにもナンセンスですね、いつの世だって「一寸先は闇」「真実は小説よりも奇なり」、人生思うようになった試しなんて無いのですし…。
フィクションに求められているものは何なんだろうか。僕のじいちゃんばあちゃんたちは毎週欠かさず水戸黄門を見ていたけれど、それはズンドコ変わって行く日本社会の中で「幻の予定調和」を、ブラウン管の向こうに求めてたのだろうか。

僕は演劇を始めた当初から「勧善懲悪なんて、そんなに世の中シンプルかね?」とか「裏切り、異化することが演劇を演劇足らしめる」というようなイデオロギーの刷り込みがあって、なんだったんでしょうねぇ。
年取るにつれて頑固になる人もいますけど、僕、年取るにつれて「何でもあり」になってきて(ラップとか(笑))もう、このままベチャーッと平たく溶けていって最期死んだ時には何にも残らんのがいいです。

舞台上の村木さん右近さんを見てて「あぁ僕はこの人たちと一緒の舞台に立ってたんだなぁ」って、改めて感慨深かったです。若い頃の自分に自慢してやりたいです。「この人らと一緒に芝居したんやで」って。

多分若い頃の僕は「けっ」って言うでしょうけど…

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