教育は芸術だっ

今日は和歌山県の高校に伺いました。授業の一環で演劇を取り入れた二コマ。今年の三回目です。
去年も同じ高校にお邪魔したのですが、それに比べて今年は随分と「やりやすい」と言っては失礼ですか。いや失礼なことはなにもないですね、うん。実にやりやすくお仕事をさせていただいております。先生方の取り組んでいただける姿勢が何よりも違う事。勿論去年の担任団と今年の担任団は、別の集団な訳ですから、その取り組みに違いが有って当然なのですが、できれば来年、再来年と、この方向で更に変化していってくださればと願います。言わずもがなどこかに正解があるわけじゃない。教育ということにど素人の僕が何も語れない事は承知ですが、にしてもそれ位の事はわかります。教育に「正解」はないと。

であるならば、「教育」も一つの芸術であるとそう思うのです。
芸術の定義も実に厄介ですが、僕は大雑把に「答えがない事。そのくせ、「良いもの」はなんかいい。そして時に恐ろしく良い!=美しい」という風に捕まえています。答えがないのに良いもんだから、みんなその話をしたがります。「あれは、あそこがどう良いんだよ」とか。あるいは自分の経験や思想に照らし合わせて感情移入してみたり。だから「教育」もきっと芸術なんだろうなぁ‥なんて大雑把に素人がぼそっとつぶやいてみるのです。
まちがっても「生徒が作品」「クラスが作品」じゃないですよ。教育という営為じたいが芸術であろうということを言っています。そこに正解はなくとも、必ず「あの三年間は輝かしかった」というようなことがあるんだと思うんです。また、例えばある先生個人が心の底で「あぁ、この一年間はうまく行かなかったや‥」と反省するような「失敗」の日々も、50年後、そのクラスにいたある生徒が、ふとその一年の中のある日の事を思い出して、それがついに芽を吹き68歳の彼女(か彼)の人生を急にぱっと照らすようなことがあるかもしれない。それは生前全く評価されなかったゴッホの絵のように。

わかんないです。どうなるか?どうころぶか?うまく行くのか、失敗するか?やってみたって、出た結果「それで本当に正解かどうか」なんて誰にも断言出来ないものですから。

わかんないけど、わかんないことに手を伸ばす勇気。足を踏み出す一歩。
それは、ちょうど(僕はあんまり好きじゃない言葉ですが)「コミュニケーション力」と相似の様相であるとおもっています。
他者に「受け入れられるか」「拒絶されるか」わからない。ほめてもらえるかもしれないし、傷つけられるかもしれない。「よくわからない他人というもの」とコミュニケーションを取るという事は、結局の所「うまく行くかどうかわからないけれど、それでもそちら手を伸ばしてみる」ということに他ならないと思うからです。
そもそも「そいつとうまくやってけるかどうか、友だちになれるかどうか」なんてどう見積もってもいいとこ50/50でしょ?正直僕は10人と出会ったら2人位しか仲良くなれないですよ。中には10人中8人と仲良くできる人がいる事は、知ってます。そういう人と出会ったことがあります。彼は実に魅力的で、本当に「友だちになりたい」とこちらが切に思ってしまうような人物でした。でもそれでも10人中2人、つまり2割はダメなんです。20%は失敗する。傷ついたりやな思いをしたりする。
「けがするかもしれんけれど、でもなんとかうまくやってこうと暗闇に手を伸ばす勇気。」
それが僕の考える、「いわゆる世間で『大切だよね』と言われておるコミュニケーション力」なるもの。です。(うん。回りくどい表現だ。)

「自分の考えや思いを十全に他者に伝える能力」ではきっとない。それをコミュニケーション力というなら、もうそれは「英語」でいいんじゃないかと(皮肉です)。まして生徒達にゼスチャーゲームをさせて、なるべく難しいお代にして失敗してもらい、その結果「どういう風に伝わったか?」「どのような事なら伝わりやすいか?」「何が原因で伝わらなかったか?」を生徒同士にディスカッションさせる事によって「伝える力」を向上さすなんて、(すると考えるなんて)僕は「どうかしてる」と思います。
「伝わるかどうかわかんないけど、隣の人にむかって、セスチャー、ポーズをしてみせる行為、勇気」そのことにほとんどの意味があって、それが伝わったかどうかは、ほぼほぼ関係がない。伝わる時には何もしなくても伝わるし、どうしても伝わらない相手には伝わらないのです。それを「どうにかしたら、誰にでもきっと伝わるやり方があるはず」だとするから、おかしな話になる。

と、外にいる僕は無責任に思う訳ですが、いざ中にいらっしゃる先生方が「いや、合わん奴はいるよ。無理な人は無理」と言ってしまって、果たしてそれがクラスで、学校で、その生徒個人の中でどう作用するのでしょうかしら?
外野が知ったかぶりで、こう半端なウンチクを垂れるものじゃありませんね。反省します。
数年ぶりの禁酒日なもので、つい、気が立ってるは、頭は冴えてるは、で、はい。

夜に京都に帰って来てから「30ぱす」の稽古に顔を出しまして、明日はトリコAの初稽古です。わー。酒飲みたい。

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