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非携帯電話/一日め

1)時間がわからない。
私は腕時計を一つも持っていません。そういや持ったことがない人間なのでした。海外旅行に行く前に百円ショップに行って壊れてもいいヤツを買うことはあります。あと、芝居でつけることもありますが、普段全くつけないんですね。ってことを改めて思い知りました。わかんないんですね時間が。今でも私は視力が1.5ありますから、バイクに乗っていても結構目には入るんです。ガラス越し、牛丼やの中とか、学校の校舎とか。あと普段は車に乗っていることが多いですし車内にはデジタル時計がついてますしね。

なんかそわそわしちゃって。高校に45分も前に着いてしまいました。

昨日4クラス、今日は3クラス。午前中に1クラスやったあとお昼休みは30分

2)暇
ご用意していただいたお弁当を食べて、トイレに行きまして、次のクラスの台本を書類の中から出しました。はい。そこからですよ。会場に行くまで15分程ありますと。で、

無いんですね。携帯が。
わかるでしょうかこの感覚。きっとわかりますよね。

なんかね。ぽかんとしちゃう。


いやそうだとは思ってましたし、実際そうでした。
「時間がわからない」ことも「ぽかんとする間が空く」ことも、僕にとっては必要なことだったって。

3)連絡が取れない。
高校生のお芝居を3本見て指導したあと、大学生のお芝居を2本みました。(本当にいい企画です。
京都学生演劇祭
→のホームページ

京都産業大学の劇団actさんのとS.F.P.さんですね。
これすごいのは、両方とも僕が学生の頃からあるってことなんです。ね。いや三劇も西一風も布団座も立芸もあったんですけどね。
すごいなぁ。何が凄いのかを書き始めると二晩かかるのでやめとくとして、なにせ、OBとしてですね、劇団ACTさんのホームページはリンクを貼っておかねばなりますまい。

ふー。大学生の演劇は「高校生がおっきくなった人達の演劇」として見るか「もうチョットしたら社会に出てく人達の演劇」として見るかで随分と印象が変わるんだなぁということが、とても面白かったです。お昼間に高校生の演劇を見ていたから、すっとその延長で見ている自分がいまして、なんかウンウンって思いました。

またその感想もここに書けたらいいのですが…。また、うん。
何せあの頃の私たちを思い出さずにいられましょうや。

そりゃやっぱりそういうレイヤー越しにしか見られないのです。
今は浅草で喫茶店の店長している人が書いた「主人公の豚である怪盗の冒険譚」とか。
今はテレビやwebのCMつくって、世界的な賞を貰うような仕事にも関わってる人が書いた「隕石が地球に衝突するのを食い止める男子高校生の話」とか。

極めて幼稚だったけれど、でも切実だった。
おそらく、あの頃の僕たちは「幼稚さ」を切実に希求していた。というのも、つまりは「まだまだこのぬるーい所にいたかった」からであり、外の世界がおっかなかったからだろうと思う。


<><><><><><>

高校生や中学生のいる現場でお仕事させていただくことが増えて来て、良く耳にする言葉があるんです。
「ガチ」
「ガチで」
って。
最初のウチはですね。なんというか素直に感動してたんですね。
「おぉー。言葉は変わってくなぁー。つまり、僕らで言う所の「マジ」「マジで」が、20年たって「ガチ」に変わったわけだな…。二十年前の僕らが「マジ、マジ」ってなんかうれしがって使っているのを聞いて、その頃の大人達も「言葉は変わるなぁ…」って感慨深かったんだろうね」
なんて具合に。

でも最近になってですが、「マジ」と「ガチ」ではニュアンスが違うんじゃないかと、そう感じているんです。
若い人からすれば「何当たり前のこと言ってんだろ?」なのかもしれないですし、ポッカーンかもですけど。

僕が「ガチ」という言葉に接した最初は、プロレスです。「ガチンコ」ってことですね。つまり「筋書き無しの真剣勝負」ってことです。そのご「ガチンコファイトクラブ」とかいうテレビ番組のコーナーもありましたっけ。(苦笑。アレ自体は台本があるものだということは、ほとんどの視聴者がわかってたわけですけども)

僕らの頃の問題は「マジになるかならんか?」でした。文化祭で言えば「熱くなるかならんか?」でした。それはもう僕らのオヤジの世代からそうで、そのごの「飛び出せ青春」的なですね。もちろんスクールウォーズでもあるわけですが、なにしろ、「一度っきりの青春、人生。を、バカになって、全力ではっちゃけんで、どうする?」というテーゼだったのですね。それ自体の正しさと青臭さは時代を問わず今もそうだと思うのですが。

僕の話をすれば、高校生まで斜に構えまくっていて、でもどうにも心の底でくすぶる「もったいなくないか?熱くなった方がいいんでないか?」というマグマが、自分を知っている人がほとんどいなかった(同じ高校から僕含め二人しかその歳京都産業大学には入学しなかった)大学で、まぁ「デビュー」したと。

で。「マジ」は前提として「本番」なんです。
「本番を、そんなにクールにすかしてやってていいの?」っていう焦りだった。「一度しかないその時をっ!」ってことです。

どうもですね、高校生達が使う「ガチ」とは、その前提が違ってる気がするんです。
つまり彼らが「ガチでやる」とか「ガチな」と行った時には、それは「本番」という意味が乗っている。
ってことはどういうことかと言うと、もちろんそんなことを明確に彼らが考えているわけでもないのは間違いないと思いますが、ある側面彼らにとって今この時が

「リハ」

だってことなんじゃないかしら?
本番ではない時間が流れている。で、「こっから本番な」つって、熱くなったり、努力したり、仕切り直したりする。(ほんでまた、仕切り直しが、鮮やかだったりするんですね。別人みたいに良くなったり!)

「本番なんだから、マジになろうぜ」
というのと
「いい加減リハはやめて、本番しようぜ」
というようなニュアンスの違い。

携帯電話含め、「情報の多さ」が、「今この時」を希釈していることが、若い人達に「本番感」を失わせているのは、きっと否めなくって、でもおそらくそれは、その「本番」というもの自体が姿形を変えていっているのだから仕方が無いと言うか。それこそ「言葉」が時代によって変わるように。

高校生たちには
「台詞を話す人の目を見て下さい」
「台詞を話している人の目を見て聞いて下さい」
「台詞を、相手に言って(届けて下さい)」
ぐらいのことしか言えませんでした。それで芝居はもうグッとグッとよくなる。素直な高校生たちは、それをするだけでいきなり「台詞」になって「演技」になってしまう。

それは「私たちの今(関係)を濃くする」ってことですね。

演劇ぐらいガチでマジでもいいじゃないかと。せっかく目の前にいるんだからと。



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