無洗米の罠

ご近所さんから立派なタケノコをいただきまして、ええ。
その時に気がつくのですね、無洗米の罠に。
「米のとぎ汁もおくれやすな」とはなかなか言いづらい。


<><><><><><><>

正直者の会の稽古もボチボチと進んでおります。本体の方は「石」からスタートしてみようとそう決めました。
石は何にでもなりますから。
自動車とか、ヒコーキとか乗り物にもなりますし、卵とか、お皿とかお料理にもなります。もちろん人にだって。

私の石/石の私

上で「私」と「石」を繋いでいる「の」は「所有の『の』」ではありません。「私の財布」の「の」ではない。

「金延べ棒」
「かき氷イチゴ」

の「の」です。二つの「領域」があって、それの重なる部分。民主党のマークで言うたら二つの円が重なる白い部分(例えが悪いか(笑)その場合の「の」は前後を逆転さす事が可能です。(「延べ棒の金」「イチゴのかき氷」)

おそらくは子供の頃はこの「の」と「所有の「の」」の境界が極めてアバウト、というかとろけていたに違いないと思うのです。いつからか私たちはその二つの「の」を使い分けるようになりましたけれど、だってこれって、そうとうにややこしい事ですから。
ウチの六歳の娘さんでようやくその輪郭線がくっきりして来たぐらいですから。(この辺りの事は前にも書いてますね→過去記事

幼い子供が「それ私の!」という時には、多分に「それは私だ!」という意味を含んでいるのだと思うのです。もちろん「所有」という概念も少なからずわかってるんですけども、「それは私の所有物だ」ということと「それは私だ(それ=私)」ということが癒着している状態だとおもうんです。

で、ということは「世界がそのようにあった」ということです。
「僕のスケジュール」

「スケジュールの僕」と言い換える事ができる世界。「スケジュールの僕」と「スケジュールのあなた」がカレンダーの上で陣地の取り合いをしたり、仲良く一つの枠に収まったりする(多分デートとかするのね)世界。

化石と石化

とか、その辺りを散策している最中です。ええ。比較的呑気ですが、もちろんそうも言ってはおれませんので、ちょっとギアをあげてゆきたいと思いまーす。

コメントの投稿

非公開コメント

twitter
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
リンク