パーマン

昨夜は、学生時代からの友人、桐山さんと石塚さんと三人でお酒を飲んでいました。
それぞれの仕事の話から、「子供の教育」「親の介護」の話など。
そういう年なんですねぇ。学生の頃、彼らと飲んでるときは、芝居以外の話なんてほぼしなかったのになぁ。と、ええ。感慨深い……

この三人は、大体年に一度か二度程飲むんですが、「思い出話」がほとんど出て来ないってのが特徴的かもしれません。
同窓会的に昔の仲間が集まると、花咲きやすいのはやっぱり「あの時、あーだったねー」というよな話題ですよね。でもなんでだろうか、ホントに。この三人ではほとんどしないんですね。多分昨日にいたっては一切しなかったんじゃなかろうか。
過去にさかのぼって「共通項」を掘り起こして来なくたって、今でもがっちり「繋がってる」気がしてるからなんだと思います。本当に沢山の言葉を思いを交わしあったあの頃、「もう全てわかり合える」というような錯覚を覚えていました。
でもそれは単純な「錯覚」だというよりは、むしろ「わかる」という言葉の意味が押し広がったということだったのじゃないかしら。それまで(高校生)までの「わかる」が、ふた周り程大きくなった。

あの頃過ごした時間の中で、僕の中に「桐山的なもの」「石塚的なもの」は拭い難く埋め込まれ、(誤解を恐れずに書くと)翻って、彼ら二人のことを、僕の「分身」であるように感じているんですね、きっと。
某教育機関で働いている田中遊
某レジャー施設で働いている田中遊
そんな風に思いながら、パラレルワールドにいる自分の物語を聞くように。彼らとの話は全く飽きる事なく…

だから、例えるならパーマンが家に帰って来て、コピーロボットと「こんなことがあった、あんなことがあった」って話し合ってるような、そんな感覚。
でしょうか。

今度パーマンにあったら聞いておきます。




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