双六を作る→機嫌up→雪が降ってもさ

夕方から娘さんと双六をつくってみた。いや〜子供むけ双六ワークショップの可能性について考えてみてもいいかもしれない。想像以上に楽しかった!!
「数字を書いていく」
「文字を書く」
「絵を書く」
「ストーリーを作る」
と、ものすごく沢山の要素があるんですね。うん。

1)マス目(ルート)を作る。これはウチの娘(6歳。四月から小学生)には無理でした。ので僕がしました。

2)「ふりだし」と「ごーる」という文字を書く。

3)間に数字を書いていく。「13」と「31」の違いがイマイチわからんのですね娘は。「サンジュウイチ」が「3と1って書く」ことはわかってるんです。でもその配置の左右がですね。so what なんですね。うん。そう思うよ(笑)だって父ちゃん、「なんで十の位を左に書かなあかんの?」って聞かれても説明不可能ですし。(そこらへんの所、世界の把握の仕方が素敵です。以前から少し書いているwebでいうところのhtmlとcssが、ちょっとうまくかみ合っていないような世界。そんなお芝居をつくりたいのですが、ね……)とくにルートを螺旋系にしたので、マスの位置によって右隅に十の位を先に書いてしまって、行く場所が無いものでその左に1の位を書いちゃって逆になることしばしば。

4)「ルート」を作る時点で「大きめのマス」を作っておいて、そこに「一回休み」とか「3マスすすむ」とか「フリダシへ戻る」とか入れます。その時にストーリーができるんですね。これは子供が今まで体験して来ている双六のほとんどがそうだと思うのですが、進むにも休むにも戻るにも「理由」が設定してあるのです。「タコと凧揚げするために、23に戻る」だとか。「タクシーに乗って40に進む」とか。で、そうすると、当該のマスや、その近辺。あるいはその指定が書いてあるマスに「じゃ、「タコの絵を描こうよ」「タクシー乗り場作ろ」ということになる。逆もあって、それまでに欄外やマスの中に書いている模様やなんかから、「理由」を作り出すんです。つまりそれは「ストーリーを作って行く」ってことですね。今夜の僕らの場合は
a)ゴール手前に大きなマスが有り、「そこをどうしようか?」→「フリダシに戻る?」→「理由は?」→『サメに食べられる」→「じゃぁ、『フリダシ』のマスをサメの口にしちゃおう!(歯のギザギザと血走った目を書く」
とか
b)青い画用紙に書き始めた→「ここは海じゃない?」→「海の生き物」を書いてこうか?→23のマスの横、欄外にタコの絵が(偶然)書かれていた→34のマスの指示、戻る理由に「タコと凧揚げをする」が採用される。

5)同時進行で、とにかくカラフル(じゃなくてもいいのだけれど)にして行く。塗り絵的に埋めて行く。すると、新しいストーリーができる。

6)シールや折り紙なんかも導入すると素敵。進めるそれぞれのコマも作れるとより楽しいですね。

7)実際にやる。(これ楽しい)塗り絵として一つ一つのマス目を「塗りつぶし」たり「ボーダー」にしたり「ドッド」とか何でもいいけど模様にしておくと、それだけでも「あ、ここ温かい」「冷たい」とかストーリーができ始めます。「ここ、血の池地獄やで」とか(笑)なんのイベントもない(進む、戻るがない)マスでも、たとえば「お部屋」「お家」を書いておくだけで、そのマスに止まると「ここで一休みだー」とか「まぁ、素敵なお家」という風に想像が広がって行きます。お花を一つ書いておくだけでも「このお花をイルカさんに届けてあげましょ」とかいって、どんどん自走して行く。

何が素敵かというと、つまり「ゲームを作る」ってことです。
自分が楽しめる「ルール、ストーリー」を作って、それで楽しむ。
自分が「楽しめるようなルール」を作ってるんだから、そりゃ楽しいに決まってる。
楽しいから、もっとハマって行くし、詳しく細かくして、更に拡張して行く。
演劇にもそういう要素が多くありますね。

本当に楽しもうと思うと、そのゲームのルールを作る所から関わらないと……、
というのは言い過ぎですね、きっと。言い直します。
「そのゲームのルールを作る所」からかかわった物には、深く、そしてなにより機嫌良く関われます。

何度か書いていますが、僕は「機嫌良く」というのが生きてく上で一番だと思っています。
やっかいなことも面倒くさい事もありますし、誰かが言うように「正義」や「邪悪」もあるのかもしれません。でもなんせ、なんとかして「機嫌良く」過ごしてゆきたいなぁと。「機嫌良ければ全て良し」ぐらいのマインドです。
で、そこから逆行すると
なら「ルール作る所からコミットしていった」ほうが機嫌良い確率は上がるんじゃないですかと。
うん。きっとそうです。ゲームで考えると、プレイステーションでもスマフォでも、製品となったデキアイのゲームやってるよりか、断然楽しいわけですよ、自作双六作ってやる方が。
確かにクオリティーはね、そりゃ「その道」の人が必死になって作ってるわけですから叶うわけもありません。でも結局、その「ゲームの場に在る価値」というのはですね、その多くが「そこに注がれた想像力」だろうと思うのです。
個々のクオリティーは比べるべくもなく、「完成品」の方が高いでしょう。
でもそこに注がれる想像力の量と質。「もっとああしたい」とか「こうなれば素敵」とか。それは「完成品」によりも、「ルール作りから自作」のものに格段、分がある。

ええ。そうなんです。
面倒くさいの(笑)。これはとっても。デキアイの双六もってくれば5分ですむワンゲームが、「作る所」から始まりますから夕方3時半から始まって夕飯挟んで9時まで掛かるんです。正味の所、面倒くさいから「(こんなにめんどくさい思いしてるんだから)機嫌ようやらんと損や」と思うんでしょうね。それで上等だと僕は思うのです。「面倒くさい思いをしたから、機嫌良く居られる」のであれば、その「面倒臭さ」はすすんで抱えて行きたいなと。

東京にいらっしゃる皆様。雪で超面倒でしょうが、まだの方は投票行かれる事をお勧めします。
そのほが、きっと機嫌良く生活できるはずだと、僕は思います。




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