ゲームの名前を考える。そんな事してる場合じゃない事もわかってる。

今日のお稽古も充実しておりました。
じつは去年も結構「今僕たちは何をやっているのだろう?」ということを分析する目的の稽古を沢山しました。ミラーゲームなどのさまざまな体を使ったゲームをしてみて、「それを言葉、あるいは声で」と考えるとどうことだろう?とか、逆に「普通の会話」やその他、戯声で出てくるような声、言葉の重なりは、体の動き関係に置き換えるならどんなことになるのだろうか?だとか。

で、今年もどうやらそんな感じでしばらく行きそうな気がしています。(こんな事で本当に「先にCDの音源」を作ってそれを立体化したものとしての公演、なんてできるんでしょうか?)
今日は、アップ(声と体のセッション)→連想ゲーム→スピットファイアまで昨日と同じ流れを少し早回しでやった後、「音を足していくゲーム」をやってみました。これ名前何にしようかな…。「音足しゲーム」にしましょう。始めてやったのでまたいろいろ研究して面白くなるやり方とかスムーズに行く行き方とか調べたいのですが…

今日は四人でした。…例えば

a/あ
b/あめ
c/あめだま
d/あめだまを
a/あめだまをなめた
b/僕はあめだまをなめた
c/僕はイチゴのあめ玉をなめた。
d/昨日、僕はイチゴのあめ玉をなめた。
a/昨日、僕はとても美味しいイチゴのあめ玉をなめた。
b/昨日の夕方、僕はとても美味しいイチゴのあめ玉をなめた。
c/昨日の夕方、僕はとても機嫌が悪かった。でも美味しいイチゴのあめ玉をなめたら。
d/昨日の夕方、僕はとても機嫌が悪かった。でも昔母さんに、「美味しいイチゴのあめ玉をなめたら機嫌が直るわよ」と言われた事を思い出したので


みたいな事です。ジブリッシュの足していくヤツみたいなもんなんですね。
まずもって「ドンドン付け足されていって覚えられないよー!」という楽しさですねゲームとして。
で、まぁ推進力としてはそれで良いんですが、楽しみたいからやってるわけでもなくてですね。例えば「ビデオカメラ」を想起してみて、そのカメラのフレームがどの範囲を押さえているか?それが広いのか狭いのか?どこをチュウシンにしているのか?というような事に意識を向けてみる。その「カメラワーク」によって「付け足される言葉」が変化します。例えば「その公園に紅葉が植わっている」という言葉があったとして、まず、どこにフォーカスの中心をおくのか?「公園」「紅葉」「植わっている」?
公園にフォーカスがあれば
「その小さな公園に紅葉が植わっている」
僕が小学校の頃良く行ったの公園に紅葉が植わっている」
紅葉に当たると
「その公園には大きな大きな紅葉が植わっている」
「その公園に紅葉と桜隣り合って植わっている」

の様に。
そしてその増え方も「ズームアップ」する方向なのか?「ズームアウト(ワイド)」の方向なのか?

「その児童公園」
「その懐かしい公園」
…ん。例えばうまくないな。この「ズームアップ」と「ズームアウト」は実は同じ言葉を使った場合でも「クローズ」のときもあれば「ワイド」の時もある。

あるイメージ。例えばここでは公園。の中に入って、そこの空気を吸い、そこにあるベンチに座り、辺りを見回して耳をそばだててみる。そこから出て来た声、言葉を、(一旦)クローズアップとしてみるのです。

で、それとは逆(?)にその公園を俯瞰で捉えて、その公演が全体の中のどこにあるのか?その公園の周辺のことがらですね。「何年前に作られた」とか「子供の笑い声が絶えない」だとか、「街の西の端にある」だとか。
「その公園」というものがより手触りをなくして「存在」というものに置き換えられたようなもの(?あ?何言ってんだろう?)
「その公園の存在」ってことか。な?
でも何しろ、一旦ここで踏みとどまる。ここに「そう言うエリア」があるとしてみる。

またそことは違うエリアもあります。そこで踏みとどまらずに「『その公園』という言葉、(音)」として捉え、それに音を足していくというスタンス(エリア)も。
「ソノコウエン」
「ソノコ、オウエン(応援)」
またここまで極端でなくても「ジブリッシュを増やしてまわしていくようなエリア」から話している限り、(そこの足場から言葉と関係している限り)例え「そのさほど広くもない公園には、イワクツキの紅葉が植わっている」などいくら言葉(音)を足したとしても、やはりそれは聞いているもの「観客」には、「話者がどの立ち位置から何を見て同声を出しているのか?」は伝わるものなのです。その人が見ている景色というか、そこで話されているイメージ、ある羽音との距離感だとか。

目の前に「与件」としてある。音、言葉をどう受け取るのか?

1)「イメージ」として捉える。私はその中に居る。そこで呼吸をする。
2)「イメージ」として捉える。私はその外に居る。外からそちらの方を眺める。
3)「言葉」として捉える。
4)「音」「吐息」として捉える。
5)受け取らない。

受け取ったとすれば、それに続いてどう出すのか。
1)受け取ったエリアから自然に出る声。つまりそのエリアの声を出す。
2)受け取ったエリアからまた違うエリアへと移動さす。違うエリアの声、音を出す。
3)出さない。

そんなことですかしら?(笑)ま、「厳密に前の言った人の全部トレースしてプラスαする」ことには(ゲームとして楽しめれば良いですが)意味は無いので、ドンドンと自由にしていきます。つまり「言い換えたり」
「植わっている』→「植わっていた」→「植わっていたのだろうか?」
また、急にまた「て」と一音だけ入れて
「てが」
「てがみを」
なんて繋がっていっても良い。つまり句読点を入れるように。あるいは、急に短くなるんじゃなくて、フォーカスが当たっている部分だけを残していったり、
a/昨日、僕はとても美味しいイチゴのあめ玉をなめた。
b/昨日の夕方、僕はとても美味しいイチゴのあめ玉をなめた。
c/昨日の夕方、僕はとても機嫌が悪かった。でも美味しいイチゴのあめ玉をなめたら。
d/昨日の夕方、僕はとても機嫌が悪かった。でも昔母さんに、「美味しいイチゴのあめ玉をなめたら機嫌が直るわよ」と言われた事を思い出したので
a/昨日の夕方、昔、優しい母さんに「美味しいイチゴのあめ玉をなめたら機嫌が直るわよ」と言われた事を思い出したので
b/昨日の夕方、昔、優しくてきれいな母さんに言われた事を思い出して
c/夕方、昔は優しくてきれいだった母さんの当時の面影を思い出した。
d/当時、優しくてきれいだった母さんは僕を女手一つで育ててくれていた。

のようなこと。か?



稽古は、そこから更に思いつきで、
「じゃあそのエリアを可視化してみよう」ということで、部屋にエリアを作って動きながら声を出してみました。
つまり部屋の東の隅っこを「息エリア」としてみます。東の壁に触っている時には「吐息」として声があり、そのように受け取る。
そこから2メートル程離れた所にイスを一つ置いてみて、そこが「文字エリア(スポット)」としてみる。その辺りにいるときには、「文字」「あ、い、う、え、お」を意識して聞く、言う。更に西の方に「イメージスポット」があり、そこに座る人立つ人触る人(イメージの中にいる人。イメージの密度が濃い人。濃くしていく人。皮膚がひりついてにおいや味を感じる人。言葉にならない人)がいて、それを少し離れて見つめる人が居る(イメージの密度が低い人。あるイメージの周り、周辺を拡張していく人(結果、最初のイメージの密度は薄くなる)あるイメージを全体の中でマッピングする人。薄くしていく人。歴史にする。出来事にする。物語にする人)。

このゲームも名前を付けないとわかんなくなりますね。何にしましょう…?
朝平案「戯声、動いてみるバージョン」
↑却下で。



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