秋の気配がちょっとだけ・・・・

今週は土日出勤で、今日も朝からお仕事でした。昼で上がってトランク企画のお稽古。
その後懇親会でした。
芝居の方は、進行台本が上がって来て、「いよいよだな」という感じです。

そうなんです。即興と言えども進行(どの順番でどんなゲームをみせていくか)は決めてかないと、まぁにっちもさっちもいかないと言うか、寄る辺ないと言うか・・・・

「飛び込んで行け」と言いますが、その「飛び込むプール」の形ぐらいは決めとかないとおっかなすぎるということだろうと思うのです。それが水深どれぐらいなのか?どれぐらいの面積なのか?ぐらいはね。

今日の稽古で再認識したのは、
「やっぱ、台本のあるお芝居も、インプロも、身体の操作としては(うまく行っている場合には)あんまりかわらんなぁ」ということです。

情報を発信する事

情報を受信する事

それをパラレルで行わなければならない。その一点においてやっぱり一緒の事です。インプロも台本のあるお芝居も。

どちらかに偏る事なく、常にどちらもへの意識を持っている。ある人格の分裂をどちらも要求しているのだと思います。

インプロの場合、特にもう、
「自転車に乗る」
という感覚に近い。

自転車に乗れるということは、
「左右のバランス」
「加速して行く為の足の踏み込み」
「前方への目線」
「将来、そこへ到達するというイメージへ、自身の体を近づける事」
とか、いろんな身体操作、身体へのイメージが、同時にうまく組み合わさった時に、「自転車に乗れる」んですよね。

言葉で説明しきれない。
「思いっきりこいだら、左右へのブレが少なくなるよ」位の事は言えますけど、そういわれた所で「自転車に未だ乗れない子供」は、それを言われた事で「あ!そうか!」と乗れるようになる。ということは、決して起きない。

結局、同時進行で(パラレルで)動いている各々の体の部位、と気持ち。のバランス。釣り合い。が、取れた時に。「おっ!おお!!」ってな感じで、不意に自転車に乗れるのです。
その時、その子供の内部に起こっていること、というのは、とてもとても複雑なことで、何十もの変数が、なんか不意に「良いバランス」を得た。というよな。ある種「たまたま」という感じで達成される事だろうと思うのです。

子供に「どうやったら自転車に乗れるの?」と聞かれてもうまく答えられないように
「どうやったらインプロができるようになるの?」
だとか
「どうやったらお芝居がうまくなりますか?」
という質問には答えられない。

本当に、感覚的な事だと思います。個人個人によって違う道程があるだろうし。

言えることがあるとすれば、
「簡単じゃないよ。複雑なんだよ」という事ぐらいかなぁ。
「明快な答えを求めなさんな」といさめる事。
そんな風にいさめられると、やっぱり若い人ってのは「はぐらかされた」って思いますよね。
ひよってるって、感じます。僕もそうでしたし。「正解を最短距離で求めない。あるいは正解というものハナっから諦めている。不誠実さ」を感じる。

いやそれで良いんだと思います。その循環が正しい。
そうやって若い人は「答え」をストレートに求めて、手に入れた「答え」に違和感を覚え、又一つ違うステージへと入って行く。
違和感を覚えない人もいるでしょうし、その人はそれでいい。大概突き抜ける人ってのは「ある思い込み」だとか「思い込んでなきゃいけない」っていう信念あるは強迫観念でもって、ぐんぐんって昇って行かはります。

結局そういう昇って行かはる人を地上から「あぁ、すごいなぁ」って眺めてるぐらいのポジションが、なんでしょ?性に合ってるんですかね?うん。

来週末(ってか今週末っていうのか?)、アトリエ劇研でお待ちしております。ぜひぜひお運びくださいませ。

トランク企画「窓」

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