劇研スキルアップコースのまとまらない話

お知らせしていました

劇研アクターズラボスキルアップコース

が本日より開講致しました。週一回で休みを挟みつつ4ヶ月。
平岡秀幸さん→大熊ねこさん→私→木村雅子さん
という黄金リレーでもって4人の講師が3コマずつ担当します。
受講生の皆さんよろしくお願い致します。

私の登場は9月後半からということになるわけですが、本日全体の一回目ということで見学させてもらってきました。せこせこパソコンでメモをとっていたのです。後学の為にと思ってかなり密にメモを取った結果「時間中ずっとひっきりなしにパソコン、カタカタ言わしている人」になっちゃいました・・・

平岡さんのレッスンは短い時間内であっても、ある手応えというか、・・・なんというか「固形物」をきちんと受け取ってもらえるようなレッスンでした。

ワークショップ、レッスン、クラス、トレーニング・・・
言い方も、定義も、まちまちで、境界もふやけて滲んでいるのですが、「スキルアップ」を目的として集まってきた受講生に「固形物」を与えられるというのは、僕はいい事だなぁと思いました。

それで喉を詰まらせる人も出てくるかもしれません。でもだから「流動食」を出すというには(原則として)私は否定的です。「正解はない」「誰でもが何かしらの良い所があり、だからそのままでいいのだ」という「世界に一つだけの花」理論は、良く言われるように(コンテンポラリー)ダンサーの質を落としたのと、同じ速度で俳優の質も落としています。
それは同じ速度です。
落下してく集団の最先(下)端にいる私が言うんだから間違いない。
ただ、私たち俳優には台本がある分、その凋落、腐敗の有り様が目に見えにくいというだけのことだろうと思います。

あ、ダメだこの話しものすごく長くなる・・・。
ので、切り上げ。

身を焦がすよな情熱、狂気のような没頭

まるで死人であるがごとく、対象と距離がありそれを一望する批評性

が、パフォーマーには求められる。
それは伝統芸能でもそうだろうと思う。(型、っていうけども、ある狂気がなかったら、あんなに執拗に型がトレースされる事はないだろうと感じる)

そういうギリギリの話しをするのは多分もっともっと先になるだろう。
しかしそういう本質を棚に上げて「明日から使えます」というようなtipを伝える事に意味があるんだろうか?

・・・・・

何せ私の出番はまだ先なのでいろいろと考えようと思います。
なにしろ「固形物」がいいなと。
小骨が刺さるぐらいでいい。
そして、その喉の違和感に対して「これはなんなのか?」「この小骨と私とはどういう位置関係にあるのか?」「なぜ私に小骨は刺さり、他の人には刺さらなかったのか?」というような立体的な省察をしてもらえる素地、あるいは機会を提供する事には心を配らないといけないだろうなぁ、と思いました。

はいまとまりません(笑)

そんなでー

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