一段落

ラボの台本の素になる小説もどきを書き終わりました。半分位間で書けた時点で一度プリントアウトしたのですが、誤変換の多さに読み進めるのも大変な位でしたので「書き終えた」というのはいいすぎかもしれません。が、なにしろ「おしまい」間で書き進めることができた事にひとまず安堵です。

しかし何度も書いていますが、なにゆえ僕は「自分が演出をする事になるお芝居の台本の原作となる小説もどきをこんなにも労力と時間をかけて書き、その後又時間と労力をかけて戯曲にする」ということをせねばならんのか?それが自分でもわかりません。でもよく考えると去年度のラボ公演「恋愛論」でもそれはやったことでした。あの時は(といっても公演は今年の一月だったのですが)自前の「恋愛論」、なので「論文もどき」ですね。それを一旦書き上げてから、それを戯曲にしたのでした。何かしら自分の書く戯曲に「浅薄」を感じていて、それにすこしでも厚み持たせる為にこういう行為に出ているのでしょうね。ちなみに去年の「恋愛論」に関しては、正直者の会単体の公演で照明スタッフとして参加してくださっているムカワさんからきょうみぶかいしてきをいただいてましたっけ。

「「恋愛論」であるのに、恋-愛の「恋」の部分にそのほとんどのフォーカスがあたっているよね」

ということなのです。ご指摘の通り(笑)
これは「すっかり『恋』を懐かしむ歳になってしまった」ということがまず大きくあります。あともう一つは、「愛」と言う物に対しては、もう語るべき事はないだろうと、そう思っていると言うことがあります。「愛」というのは、もうそこから意味を分割出来ない、ある安定を持ったものだという感覚があるのですね、きっと。だから恋-愛の「愛」にフォーカスを当てて、例えばそれが台本であれ論文もどきでアレ小説もどきであれ、何かを書こうとは思えないのです。まぁ10年もすりゃあ捉え方は違ってくるんでしょうがねぇ・・・


なにしろ一段落です。


















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