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金田一央紀 = ブラックホール説

金田一さんのことを評して「薄っぺらい」「軽薄だ」とする言う人は、彼との付き合いがまだ浅いのだと思う。
先月の半ばから始まった
Hauptbahnhof Gleis8
「ショー」(来週末本番!)

の稽古からの「付き合い」になる僕も、もちろん「長い付き合い」とはいえないが、それでも、この一ヶ月間弱のうちに僕がうける彼の印象は随分と変わった。
出会った当初は正直言って、確かに「薄っぺらいな」と思った。更に正直にいうとびっくりした。「すごく薄っぺらいな」と。だから彼の事を軽薄だと言う人たちの「付き合い」の期間、濃度はおそらくこれぐらい(二、三日)なのだろうと思う。しかし一週間二週間と稽古を進めるに連れて彼の印象は変わっていった…。
 スタート時点では「びっくりするぐらい薄っぺら」かった彼の印象が、稽古で合うたびに、話をするたびに、付き合いが深くなっていくにつれ、更に薄くなっていくのだ。断言できるが彼は僕が今までであった中でとびっきりに一番薄っぺらい人物だ。なのに「こんなにペラペラの人間にはもう二度と出会うまい」と思った次の日に会うと、なんと更に薄くなっている!「さすがにこれ以上は薄くなりようがない」感じた翌日になお軽薄化する。研ぎすまされるように、桂剥きされる大根のように日々薄くなり続ける彼に、最初の方こそ「スマートフォンか!」「コンドームみたいなやつだ」と内心で苦笑いしている余裕があった私も、先週あたりから恐ろしくなり始めた。無理矢理例えるなら
「底なし沼的な薄っぺらさ」
なのだ。金田一央紀の薄っぺらさには限界がない。日々どこまでも薄くなる。薄くなり続けている男。それが金田一央紀という男だと思う。
彼をただ「薄っぺらい」という人は彼を見誤っている。僕は声を大にして言いたい!金田一央紀は「薄っぺらい」なんてもんじゃない。もはや「厚み」という実存があるのかどうかもあやしく、少なくとも私にはそれを感じる事ができない。(その恐怖をわかってもらえるだろうか!彼は日々薄くなり続けている。薄くなる為には有限の厚みがあるはずで有限であればいつかは無くなるはずだ。しかし、いつまでたっても彼は「更に薄くなる」ことをやめないのである!)悪夢のような、実存の保証がない、彼の「薄さ(厚み)」はもはや概念としてしか取り扱えないように思える。「線」に例えられるかもしれない。ご存知の通り「線」は「点の集合」であり、「点」は面積を持たない故に「線」には(本来)幅がない。概念として金田一央紀の薄さ(厚み)はあるが、実際に見る事も触れる事もできないし、仮に触れる事ができたとしたらそれはもう「便宜上の記号、表記」なのだ。

「概念的軽薄さ」
しかし金田一央紀という奇跡的な現象を説明する言葉としては
「底なし沼的薄っぺらさ」というアンビバレントを内包した表現の方を採用したいと個人的には思う。
「底なし」に「薄っぺらい」。「底なし」なのに「薄っぺらい」。

疑問はここにある。
彼のこれまでの経験。
それは言わずもがな僕など足下にも及ばない、常人を凌駕する読書量
またテレビのクイズ番組で優勝を争うような知識量
さらに映画や演劇にとどまらず美術などの鑑賞の経験も、おそらく平均を遥かに超えて多いに違いない。
それらがどこに行ったのか?今どこにあるのか?ということである。稽古中も休憩中でも金田一央紀の発言には、エスプリがこれでもかというほどに含有されている。ジャンクなトリビアから、アカデミックなデータまで。怠惰で無学な僕からしたら、コンプレックスを感じる事すらできない程、彼はよくものを見て、聞いて、読んで、知っている。それを話し他人に伝える事もできる。それは一体、今、彼の体の、頭のどこにあるのだろう?その膨大な知識が体に頭に入っていれば、当然現象するはずの体積が、厚みが、彼には全くないのだ!なんでそんなに勉強して、いろんなもの読んで、見て、膨大な知識を持っているのに、なんでそんなに薄っぺらいのか?薄くおれるのか?!ほっといても、出したく無くても出てくるはずの厚み、重みが。質量が体積が。全くない。

全くないのだ!!

怪物だと思う。僕はこの怪物に恐怖している。膨大な知識を丸呑みにして、そしてそれを一つも身につけない。いや違う!身につけてはいるのだ。実際クイズには正解するのだし。しかしなぜ、その豊かな知識や見識が彼の厚みになる事が全くないだろう?わからない。本当に謎だ。
あらゆる物を、横溢する知識も、鋭い感性も、確かな論理も、人の善意も悪意も、共演者の努力も、演出家のダメ出しも、先輩の助言も、親の七光りも…
膨大な全てを(「世界」を)飲み込んで、今正に飲み込み続けながら、そのうえで全くに薄っぺらい。
感覚的ですまないが、金田一央紀を例えるのに「底なし沼」では足りない。彼はブラックホールだ。光すら引き寄せ飲み込む宇宙に空いた穴だ。稽古場で私が感じる恐怖というのはこれに由来する。セリフを交わす時、無駄話をする時、常に感じる恐ろしさ。それは「俺、飲み込まれる!」という感覚なのだ。

実際のブラックホールは、そのメカニズムはおろか存在自体もはっきりとは解明されていないハズだ。ブラックホールに吸い込まれたものが一体どうなってしまうのか?一説には「ホワイトホール」なるものがあって、それはブラックホールのちょうど「裏」にあたる存在で、ブラックホールが峻烈に吸い込んだものを、同じ峻烈さで吐き出すものだそうだ(多分)。そしてひょっとしたらその「吐き出し」は今私たちが生きている宇宙とは「別の宇宙」のビッグバンであるかもしれない、というロマンチックな話を聞いた事がある。
 
私たちの宇宙にあるブラックホールが無尽に吸い込む、あらゆる物、光やガスや星が、「私たちの宇宙の外」でビッグバンとして噴出して新しい宇宙を作る…。

そこに今回の芝居「ショー」の勝機はあると思う。
ブラックホール金田一は今回「演出」を外部に託した。本間広大という若者に。ブラックホールを裏返せる可能性を座組に組み込んだのだ。そうしたうえで、実にブラックホールな台本を現場に投下した。確信的に。これを裏返すことができるのか?全てを飲み込む漆黒のブラックホールを突き抜け、その向こう、光を放射し拡大するビッグバンを見せる事ができるのか?宇宙規模、…じゃない。さらもう一回りでっかい。「この宇宙」の外側まで含む規模のスペクタクルを、演出の本間さんは起こそうとしているのじゃないだろうか?もし本当にそんな事ができるのならば「金田一×本間」は希代の名コンビとして演劇界に記憶される事になるだろう

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ここに来て、僕の中でいろんな事が繋がり始め、興奮がおさえられないでいる。
この芝居の舞台は「稽古場」である。稽古場で劇団員と先輩とがすこし話し、劇の稽古を始める。いわゆる劇中劇だ。その稽古場の演出席、長机の上に置かれた小道具のオセロ盤。隣り合わせた白と黒とが裏返り、また裏返る。まさにこれはブラックホールとホワイトホール(ビッグバン)との関係の暗示ではないか?であるなら、この数日の演出席の本間さんの「ある行動」も、ひょっとしたら未曾有の大転換への予行演習なのか…?稽古場で本間さんは床に座っている事が多い。シーンの切れ目で芝居が止まる。沈黙。演出家の言葉を待つ俳優。あぐらをかいた本間さんは腕を組み首を折って顔を下に向けている。やがて片方の手を顔に当て、手のひらで顔を覆うようにして「うーん」と低く唸る。…顔に手を当てたその姿勢…。もちろん僕の想像の域をでないが、本間さんはあの技を出そうとしている。40歳オーバー男子にはおなじみのあの技、そうクロノスチェンジだ。

wikiによると

クロノス・チェンジ
顔面の星を回し、時空間を操ることによりふたつの目標の位置関係を逆転させる技。
クロノスとは、ギリシア神話における時間を司る神のことである。


攻撃している側と受けている側が一瞬にして入れ替わってしまう恐ろしい技だ。これを使えば劇中劇に入った瞬間に「劇団員」が「脚本家」になったりすることも可能になるし、更に言えば本番中に金田一さんと本間さんが入れ替わる事だって可能になる!もし本当に、本間=ペンタゴンであるならば以下の演出法の導入も前向きに検討してもらいたい。

ストップ・ザ・タイム
顔面の星を回し相手の周りの時間を止める技。
アニメでは星を2回転させていた。
(wikiより)

さて来週末。事の顛末は見に来てもらって目撃していただくしかない。金田一さんはこれでしばらく京都を離れるそうなので、この機会を逃すと次はいつになるやらわからない。何が腹が立つと言って金田一さんを慕うものが少なく無いということだ。いろいろ叱咤激励を受ける事の多い(そうだ)彼だけれども、言わずもがな本当に嫌っている相手に、人は誰も話しかけない。叱咤激励、苦言。いずれにせよ、「味方」の目線からの発言であり、それが金田一さんの生存戦略なのだろう。(それが僕には腹立たしいが(笑)

金田一央紀はブラックホールである。
また
金田一央紀は「無敵」である。後輩からどういう慕われ方をしているかわからないけれど少なくとも本間さんたちからは疎まれたり、蔑まれたりはしていないようだし、同年代、上からも「味方としての助言、苦言」はあれども、敵対する足場から攻撃される事はほぼないのではなかろうかしら。向かう所「味方だらけ」。ブラックホールの彼が、なのにこれほど愛される理由。その辺りに「ブラックホール→ビッグバン」の鍵がありそうに思う。今回は僕は一役者なので分析はブログだけにして、後は世界に潜ります。金田一さんがこれまで丸々飲み込んできたものどもを本間さんがどう裏返して爆発さすのか。ぜひ見に来てください。劇場で会えますように。


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ショートアトリエ劇研創造サポートカンパニー
Hauptbahnhof Gleis8
「ショー」

作:金田一 央紀
演出:本間 広大 (ドキドキぼーいず)

予約:★http://ticket.corich.jp/apply/81617/005/
こりっちチケット(ネット予約)

日程:2017年
4月13日 19:00
  14日 14:00 / 19:00
  15日 14:00 / 19:00
  16日 13:00 / 17:00

会場:アトリエ劇研
〒606-0856 京都市左京区下鴨塚本町1

チケット: 日時指定 自由席
一般  前売 2,800円 当日 3,300円
学生  前売 2,300円 当日 2,800円
※ 当日要証明書

問い合わせ先:
090−8961-4149(金田一)
hauptbahnhof@hotmail.co.jp
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