カラダノキオク

土曜日、娘と二人で一輪車を買いにいった。まずは近くのリサイクルショップに寄ってみたのだが数日前まで確かにおいていたという一輪車は売れてしまっておいていなかった。どうせそれほど高い物でもないのだから元々新品を買ってやれば良かろうと思っていた私と娘はそのまま自転車屋さんまで歩いた。「災害」級の炎天下は辛かったが、気に入る物があって買った場合、勿論娘は「乗って家に帰る」と言い出すに違いない。また車であれば積んで返る事もできようが、自転車の前カゴ、後ろの荷台に一輪車をくくりつけて帰るのもあぶなっかしいので仕方がない。たどりついた自転車屋さんにはホイールがプラスチック製の安物しかおいていなかったので逆に迷う事もなく、さっさと購入して自宅に帰った。勿論娘は一輪車に乗って。私も数年ぶりに一輪車に乗ってみた。これが意外と乗れるものなのだ。小学校の頃に乗ってただけなのだけれど体は覚えているのだなあ。と。少し感動した。

王手3

「おつかれさまです」
私は挨拶したついでに、少し前から気になっていた事を聞いてみる事にした。彼の会社つまりうちがお世話になっている給油業者の建物は、実は私の通勤する道ぞいに建っている。その建物の隣で一ヶ月ほど前から工事がはじまった。地面を少し掘り返してコンクリートの基礎の作られ、あれよあれよのうちに今や立派な足場が組まれ、その中では着々と工事が進行している様子なのだ。
「○○さんのお隣、工事してはるの、あれ会社拡張してはるんですか?」
◯○さんというのは給油業者の会社名だ。メガネの彼は苦笑いをしながら顔の前で手の平を左右に動かし「違う違う」というそぶりを見せた。苦笑いでありながらもどこか「良く聞いてくれた」というような感じがあった
「いや、あれねぇ…」
と言ってちょっと溜める。ちょっとだけ声のトーンを落として彼は続けた。
「消防署できるんですよ」
私は声を出して笑った。
「それ、完全にマークされてるんとちゃいますのん?」
彼らが扱っているのは軽油、ガソリン、灯油などの危険物で、それらを監督するは言わずもがな消防署になる。それが隣に越してくるというのだ。
「『マーク』というか、もう「王手」という感じじゃないですかね」
メガネの彼は人懐っこい笑顔を浮かべてそういった。
私らも毎日人の口に入る物を扱っている。そう言う意味では「危険物」で、であるから保健所が監督するわけだ。つまりウチの会社の隣に保健所が引っ越してくるような物で、これは本当に将棋の盤面で王将の鼻先に金が打たれたような感じがする。「王手」とはうまく言ったものだ、と私は感心した。
うちも、彼の会社も悪い事しているわけではないから、ドロボウの家の隣に派出所ができるのとは訳が違う。違うとは言え、あんまり気分が清々しいものでもないから、こういう冗談を言いたくなる気持ちはとてもよくわかった。


王手2

停めてある原付の方に歩いて行くと、そのメガネの男の人と目があった。
「お疲れ様です」とどちらからでもなく挨拶を交わす。こういう場合のちょっとした機微はどう伝えたらいいものか。まず私も彼も運ぶものこそ違え配達員、ドライバー同士であるという親近感をお互いに持っている。今は彼が仕事中で我が社の車に給油してくれている、つまり私は立場上は「お客さま」ということになるのだが、それは今だけの話で、というのも、この給油業者さんはちょくちょくウチのお弁当を取ってくださるので、彼がウチにとっての「お得意さま」(の社員)でもあるからだ。特に私らお弁当を運ぶ者は、その納品時「平身低頭」といった態度をとることが多い。それはガソリンを配達する彼らよりも我々の方が礼儀正しいというわけでは勿論なく「納品場所」によるものだ。お弁当はポストに突っ込んでおくわけにいかないし、玄関先に置いてくることもまずない。家や会社の中まで入り込んで台所や休憩所、事務所といった「内部」にお邪魔することになる。と、自然、配達員も恐縮して物腰もへりくだり基調になるのだ。しかしその立場が逆転することがある。しょっちゅうある。毎日ウチに肉を届ける業者さんや、豆腐やコンニャクを納めるお店は、毎日ウチのお弁当を取って下さるし、社員食堂の運営をさせてもらっている企業さんの商品をウチらが買うこともたびたびだ。商売も人生も「行って来い」なわけで、「配達する時はヘコヘコしてるけど、納品されるときにはふんぞり返ってる」ってのは非常に気持ちの悪いものがある。(この辺りの感覚は内勤の、特に「総務」だとかいう部署にいる人間には分かりづらいのだろう。)しかしだからと言って我がの商品を納品しているときに「フラットに、フランクに」というわけにもいかないから、ある程度、腰は低くなる。ということが配達員同士、つまり私とメガネの彼がお互いに意識をしている。この時、私と彼が乗ったシーソーは若干、彼の方が下に傾いていた。それは彼の意とすることで私もそれを了解している。また遠くないいつか、私がお弁当を運んで行くと、その傾きが逆になるはずだ。その想像までもを私たちは共有しその上で、シーソーの微妙な傾きをキープしながら会話をしている。「機微」とはそのことだ。まぁ、わかっていただかなくてもいっこうに構わないのだが。

王手1

夕方に帰社すると今日は小型のタンクローリーが会社の前に停まっていた。昨日の救急車には慌てたけれどこれは我が社の日常の風景だ。週に二度、私たちが日々使っている配送車に給油をしに業者さんがタンクローリーでやってきてくれるのだ。現在我が社には、おそらく二十台ほど配送車がある。そのうち半分弱がガソリンの軽自動車で残りの半分が軽油のハイエース、キャラバン、保冷車だ。タンクローリーはそのうち軽油の車に給油をしてくれる。来てくれるのはだいたいが5時半かそこら。その頃ならウチのほとんどの車が帰って来ているからだ。私は今日は帰りの遅いコースの担当になり、帰って来た5時半過ぎに、ガレージ前でちょうど給油業者さんと会うことになったのだ。二階駐車場に上がるスロープで私は車を停めて業者さんに声をかけた。タンクローリーから伸びるホースを持って汗だくになってるのは、眼鏡をかけた男の人で私と同じぐらいの年齢にみえた。
「鍵、つけときましょか?」
「あ、お願いしますー」
給油をする為には給油口を開けなければならないから車のキーが必要なのだ。
「じゃ、つけときますー」
私は車を二階に上げてハイエースを駐車した。まだまだ暑い屋外から逃げ込む様に会社の建物に入り、タイムカードを切って、休憩室で着替えを済ませ、再び外に出てくると、メガネの男の人はスロープにバックで突っ込んだタンクローリーのタイヤに車止めをかましているところだった。

熱中症

昼前に帰社して私が荷物を下ろしていると、ほどなく救急車がやって来た。サイレンを停めて車から降りて来た隊員を、ビルの中から出てきた会長が深刻な顔で中へと案内する。
「どうしたんですか?」
「◯○さんが倒れたんだ」
○○さんは事務所の人だから空調の効いた屋内で働いていたはずだ。が、このところ連日の熱さやそれによって溜まった疲れなどもあったのだろう。他人事ではない。気をつけなくてはな、と思った。

twitter
カレンダー
06 | 2018/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
リンク