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避難

ベランダのサッシを開けると、勢いよく風が部屋に吹き込んで来た。19号、20号という兄弟の台風が近づいている。20号のほうが今夜の夜中から明日の早朝にかけて近畿を通過して行くという予報だ。我が家のベランダにはいくつか植木鉢をおいているのだが、その内の二つは小さい鳥かごのようなものに入れ天井の辺りからつり下げている。この鳥かご(っぽいもの)は数年前の正直者の会.lab公演「夜の素」の小道具として使ったのを引き取ったものだ。「きっとかっこいいはず」と思ってそれにちょうど入るような鉢植えを探して入れている。私の一人芝居シリーズでもご登場いただいている「例の奴」だ。

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二人ともこの猛暑をなんとか乗り越えてくれそうな感じで、愛おしさもひとしおだ。台風なんかで落ちてしまっては申し訳ないので下に避難をして、明後日からまた元気にベランダの風に揺れてもらえたらいいと思う。
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夏の終わり

朝六時。玄関を開けて外に出ると、少し涼しく感じた。私は嬉しくなって部屋に戻り、上着を一枚取って羽織った。上半身に布切れを二枚重ねにする。そんな事自体が久しぶりな気がする。これからの季節の原付移動は、平時+一枚服を着ることになるので、本来面倒くさい事ではあるのだけれど、そんな面倒臭さなんて気にならないほど、今年の夏は暑かったのだな、と改めて思った。夏の終わりの寂しさよりも、暑さが下り坂に入った安堵や、残暑がいつまで続くかの心配の方がよっぽど大きい。もう一度玄関で靴を履いて表に出た。

立憲民主党 タウンミーティングin京都に行きました。

メールでの案内にはきちんと時刻が書いてあった。
「14時開始15時半終了」
この一時間半の時間に私は何を求めていたのだろう?

・・・・・・・

以下三時間ほどかけて書いた下書きが保存されずに消えてしまった。が、ある程度考えがまとまったので良しとしようと思う。いや考えはまとまっていないか。もう三日ほどぼんやりそんなことを考えている。いい加減離脱するべきだろう。論点が大体絞られて来た、といったところだろう。

・総論と各論をどこでおりあわせるのか?
・「パートナー」なのか「お客さん」なのか?
・私が政治に求めるものは何か?
・私は政治に対して何ができるのか?
・んで、この枝野さんの「まっとうな政治」ってポスターどうするんだ?
・西田昌司さんが落ちるという事はありえるのか?
・明日朝5時に起きられるのか?
・「それはまるでケーシー高峰のようだった」と書きたいのだけれども、それで伝わる人がどれだけいるのか?



夏の終わりの祭りの修行

今夜は近くのお寺のお祭りだった。低い山の中腹にそのお寺はあって、底へ向う参道もある程度の坂道担っている。年に一度だけその坂道に夜店が並び近所の人でごった返すのだ。たこ焼き、焼きそば、焼き鳥、チョコバナナなどを売る屋台の並ぶ狭い坂道を上り切ると石段が現れる。消防団員の姿が目立つのはこの上の寺の境内で「火渡り修行」が行われるからだ。毎年、いずこからかあらわれた山伏さんたちが護摩を焚き、その燃えた崩れた残り火の残る灰の上を裸足て渡る修行で、山伏さんたちに続いては一般客、つまり私たちも渡らせてもらえるのだ。もちろん山伏さんたちが渡るときよりは随分と火力が弱まっている。というか実際に燃えているのは両端だけで、私たちが渡る幅一メートル長さ3メートルほどの「道」は既に灰になってしまっているのだけれど。娘にスマートフォンを渡して、私は列に並んだ。随分気が早いことをしたもので、並んでから10分以上待つ事になった。派手に燃える火の中を渡っていく山伏さんたちに歓声が上がる。その後水をかけて火を弱めたり、逆に油(灯油だろうか?)をかけてもやし尽くそうとしたり、山伏さんたちによって「素人でも渡れるようなコンディション」に整えられて、ようやく私たちが渡る番となった。最初の人が結界の中に入る。山伏さんたちがその人の背中や頭に鈴のついた杖を当てて「えぃ!」と大きな声を出し、トップランナーが火の中へと足を踏み入れていった。その後、多分十番目ぐらいに私の番がやって来た。脱いだビーチサンダルを脇に抱えて灰の廊下へ足を踏み出す。無病息災。歳を取るに連れて心の中の声がクリアになって来ているのを強く感じた。

水分補給の必要性について

今日は日中断続的に雨が降ったおかげで、夕方には随分と過ごしやすい気温になった。帰宅するとベランダの植物たちも心無しか「ほっと一息」ついているように思えた。もちろん植物たちにはなるべく毎日水をやっている。夕方帰宅して「見るからにカラカラ」の彼女たちに私が水を与えると、勿論気のせいなのだけれど「助かったぁー」というような声が聞こえてくる。その「九死に一生を得た」というような感じとは、おなじ「潤っている」でも今日の植物の感じは違うように思えた。その葉の風への揺らぎ方から、どこか余裕があるように私には思えた。考えてみれば当たり前の事かもしれない。葉の先にまで水分が行き渡ればその分葉は重たくなるから風が吹いたときの揺れ方もゆっくりになる。のだろう。私もゆっくりになってきていた。水分が、正確にはアルコールを含んだ炭酸飲料が体の隅々まで行き渡って来たからだ。団地の五階。北を向いた玄関の扉を開けて、南向きベランダの窓を全開にすると部屋の中を風が通り抜けていった。植物たちと同じように私も揺れていた。
雷が遠くでまだ鳴っていた。
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