「人生楽しそうだねぇ」と妻に言われた。

夕方。大手筋商店街近くの会場でのワークショップを終えて私はバイクに乗って自宅へと向かっていた。桃山の山を一つ越えて外環状線に出て東へ。六地蔵に差し掛かった時に「そうだ」と思い立ってmomoテラスに立ち寄ることにした。momo
テラスというのは、三年前に「近鉄momo」という名前だった近鉄百貨店が撤退した後の建物をそのまま使ってできた商業施設だ。たぶん、近くに住む人にとってもそれが「近鉄momo」でも「momoテラス」でも構わない。食べ物屋さん、フードコート、衣料、本屋さん…。ユニクロも無印良品も入っていて、ここら辺で一等大きい百円均一のダイソーも入っている。私は駐輪場に原付を停め、一階の奥にあるダイソーを目指した。平日の店内はそれでもそこそこ混んでいる。ゆったりとしたレイアウトと落ち着いた感じの内装は「momoテラス」になってから変わった点でそのことを密かに僕は評価している。しかし。施設全体のコンセプトと売り場単体のイメージ戦略とは勿論違うわけだ。たどり着いたダイソーの売り場の、白とピンクを基調としたあの「ダイソー直営店」独特のえも言われぬ雰囲気に私は少し息を飲んだ。チープさを前面に出しながら、でもチープであっても良い物は買うでしょ?というような、ある意味での「ひらきなおり」というか、更に言うなら「挑戦的」「挑発的」なニュアンスを嗅ぎ取るのは私だけではないだろうと思う。
とはいえ。
家に帰り、結局買ってしまったスタンプと、スタンプのインクと、そして昨日作った罫線スタンプで一筆箋を作った。

気に入ってる。
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一筆箋

無印良品で買った半透明のプラスチックの戸棚を開けた。一段目には教科書が入っていた。二段目にはノートの類い。三段目にはハサミだとかノリだとかが収納されていた。娘は今年十一歳になる。ほんの一、二年前までは全く感じなかったのだが、娘の戸棚を勝手に開けることに対して、私の中で若干の抵抗が出て来ている。彼女の成長に合わせて「彼女の物」の輪郭がくっきりとして来ているのだ。私の中でも彼女の中でも。更に何段か引き出しを開けて私は目当ての彫刻刀を取り出した。午前中に郵便屋さんが配達してくれた「版画用ゴム板」を掘ろうと思ったのだ。ゴム板は送料込みで500円程度。大きさはちょうど名刺サイズ。妻に言わせれば「消しゴム買ったらええねん」ということなのだが、そのサイズの消しゴムを探す手続きを考えるとAmazonでパッと買ってしまっても後悔はしないぐらいの値段だろうと思っている。
「罫線」の判子が欲しかったのだ。昨年の祇園祭の時に京都芸術センターの近くの「lleno」(ホームページ)で素敵な紙を沢山買った。私と娘と二人とで鉾の立ち並んだ町をぶらぶらしていた時に、「そう言えば娘を連れて来たことが無かったな」と思って立ち寄ってみたのだ。このllenoという店は今はもう芸術センターの近くにはない。そこは撤退して元の一号店?になるのかしら。烏丸鞍馬口の方で今も営業は続けておられるそうだ。娘が生まれる前、妻と結婚して数年を私たちは烏丸鞍馬口のアパートで生活した。だからその当時から「ご近所さん」という印象を勝手に持っていて、芸術センターの近くに店を出された時には「奇遇だなぁ」なんて思った物だ。なにせ(ホームページを見ていただければ分かると思うが)素敵なノート屋さんだ。私は「こんなノートなら素敵な台本が書けるに違いない」と思って何度か買った。結果はご想像の通りだ。ノートの素晴らしさ。その素晴らしいノートを手元に置いておく快感、と、創作の進行は比例しない。ただ私はそう安くもないノートを買う口実が欲しかっただけなのだ。逆に罰が当たって台本が書けなくなっても不思議ではない。そんなノート屋さんで「製本(製ノート?)されずに紙として残ったもの」を福袋的に束にして「一袋千円」とかで売ってらっしゃったのだ。私は一も二もなく飛びついた。(その口実、というかアリバイとして娘にもノートを買ってやったことは言うまでもない)その紙が束のまま、僕の引き出しに眠っている。何枚かは使った。けれど、いざとなると「勿体なく」感じで結局しまったままになってしまうのだ。買ったときからそんな気はしていたけれど…。そこで私は思いついた。日常で一筆箋を使う機会はままある。ならばこの紙を一筆箋にできたら素晴らしくないか?と。
ようやく話が元に戻ってきた。つまりその為の「罫線のスタンプ」が欲しいと思ったのだ。ネットで探してみると案の定そう言う商品もあった。しかし僕の想定よりも若干高価。となれば自分で作れば良いじゃないか。難しい柄を彫るのなんて僕には到底無理だけれど、相手は何と言っても「罫線」だ。只の直線だ。これなら大丈夫なはず。

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彫刻刀を扱ったのは何十年ぶりだろうか?娘の彫刻刀は私のイメージしていた物より遥かにカラフルだった。まず柄がプラスチック製だ。僕らの頃は勿論柄は木製で、それを仕舞う箱の表に印刷されていた木彫りの仏像(?)の厳めしさが記憶に残っている。「彫刻」というものをどこかしら「厳かなもの」として受け止めるこの感性は少なからずあの「木彫りの仏像」の写真によるものではないだろうか。若干の気負いが有りつつもしかしやり始めると相手がゴムということもあり、私は難なく小一時間ほどで、ほぼ想像通りの物を作ることができた。

判子が作れたら今度はスタンプ台が欲しくなる。銀色や緑の少し混じった灰色や濃い茶色…。紙の色に合わせて版をおせばとても素敵な一筆箋ができるはずだ…

私はまたぞろパソコンを開いて「スタンプ台」と検索窓に打ち込んだ。人間の欲望にはきりがない。

勝ち組

ミーティング終わりで芸術センターの建物から出てくると、入ったときよりも数段寒く感じた。5月の終盤にこの気温は相当堪える。出がけに妻からおつかい物を仰せつかった。河原町にあるファッションビルまで香水を買いに行かねばならない。芸術センターがあるのは四条烏丸だから目当ての店まで15分ぐらい。歩いている間に体温も上がってくるだろうと思うけれどもそれにしても寒い。私は足を止めて鞄からユニクロのウルトラライトダウンを取り出した。「この時の為に買ったものをこの時に使える」この快感をなんと言えば良いのか。すれ違う人々は、ここ数日の陽気に吊られて半袖、また半ズボンの人々も多い。そういう「キリギリス的な人」だけでなく長袖の人たちも含め皆寒そうに肩をすくめ腕を組みポケットに手を突っ込んで歩いる。。そんな人たちとすれ違いながら「俺って勝ち組」だと感じた。私は人生のほとんどの局面で悲観的でひがみっぽい人間である。

復活の日

百円均一で買った「補修用針27本セット」から太目の針を二本出して糸を通した。その赤い色の糸はミシン糸みたいに細い奴じゃなくて凧糸ぐらいの太さの、でももっと目の粗い堅い糸だ。妻が手芸用に買って置いてある赤い糸。おそらくアジアとかアフリカとかの物を扱う雑貨屋さんで買った物ではなかろうか。私はこれまで布を縫うことはあっても革に針を通すのははじめてだった。その「元ベルト」の厚さ三ミリほどの革の帯に糸を突き立て差し込んでいく。真鍮製のシンプルなバックルは送料込み2000円でネットで買ったものだ。
お気に入りの茶色のベルトのバックルが壊れてしまったのは二週間ほど前だ。ベルトの穴に通すピンが取れてしまった。おおよそ七、八年は使って来たそのベルトは高価な物ではなかったと記憶している。幅を計ってみると3センチ5ミリだった。新品を買うのは当然のこととして、このバックルだけが取れてしまった革の3、5センチの帯をなんとか有効利用できないだろうか?と考えるのは生来の貧乏性だからして仕方が無い。「何かに使うかも」思って押し入れの隅に放り込んでおいた私はおとついの晩にふっとひらめいたのだ。
「そうだ。バックルだけ買ってつければいいやん」
と。壊れたベルトはバックルが取り外せるタイプではない。(世の中にはボタン式で好きなバックルをその日の気分に合わせて取り付けたり外したりできるタイプのベルトがある。)でも冷静に考えてみればこれって3、5センチの動物の革の帯の先に金具を固定したというだけの至ってシンプルなプロダクトなわけだから、その紐を解いて、金具を巻き込んだ後に縫い合わせれば簡単に修理できるじゃないか。多分そこまでは誰でも思いがいたる。そして分水嶺はその先にある。
「とはいえ、まぁ買った方が早いわ」という人たちと
「思いが至ったが最後、自分でやらないと気が済まない」人たちと。

二本の糸を交互に革の表と裏から差していくようにして針を進めた。youtubeによると「蠟引きした糸」を使うのが本来らしい。途中何度か自分の人差し指や親指に針を突き刺しながら、30分後、無事に「元、ベルトだった革のビラーンとした帯」は見事にベルトに復活したのだった。

予期せぬ出費

夕方、稽古場でノートパソコンを開くとバッテリー残量の表示は思ったよりも低くなっていた。19%。鞄の中から充電用のアダプターケーブルを取りだしてコンセントと接続した。iPhoneもケーブルでパソコンに繋いでインターネットを共有しメールを受信して仕事を始める。「ついてたな」と私は思った。私は普段、アダプタは持ち歩かない。昨夜実家に帰るということがあったのでアダプタも鞄の中に放り込んでおいたのだ。ノートパソコン自体も365日持ち歩いているわけではない。「2010mid」と名前に冠した我が相棒は、そのとおり2010年の4月に発売された(か、僕が購入したのか、どっちだったっけ?)ものだから私とて、いい加減引退させてあげたいのはヤマヤマである。なんといっても八年選手だ。野球選手で言えばイチローレベルだろう。(ならばもうちょっとプレイングコーチぐらいでもいいので働いてもらおうか…。)ただこの背番号2010はイチロー選手ほどスリムではない。むろんデビュー当初はとんでもなくシャープで軽く感じた物だけれどあれから八年が経った今、半分の重さで二倍は賢いマシンはごまんと市場に出回っているのだ。
iPhoneの方で一読しておいたメールをパソコンでも開き添付ファイルをダウンロード。二三通、とりいそぎ返事を書かねばならない。私はキーボードを叩き始めた。しっくりと手に馴染んだキーボード。休日などに、たまに寄った家電量販店で新型のパソコンのキーボードに指を触れると、もれなく私は軽い失望を感じてしまう。当たり前の話だけれど、今使っているこのノートブックとまったく同じ感触(「打鍵感」という言葉は正しい日本語だろうかしら?)のノートブックはどこにも無いからだ。新しいパソコンに買い替える。ということは「賢くなる」ということでもあると同時に「この文章を打つときのフィーリングが変わる」ということも意味する。私に取ってそれは小さくない要素だ。そのことが八年間、一途にこのノートブックを使ってきた大きな要因であることは間違いないと思う。(台本が書ければ良い、つまりテキストが打ち込めて、プリンターと繋がれば良いのであれば、廉価な物はいくらでもあるのだから)
アダプタを何故持ち歩かないのかというと、単純に本体自体がすでに重くて(と言いながらも結局私は毎日のようにこのノートパソコンを持ち歩いている。無いと仕事にならないのだから仕方が無い。)だからこそすこしでも荷物の重量は減らしたい、となると、アダプタをわざわざ鞄に放り込んでおこうとは思わないということなのだ。このことには良い副作用がある。「バッテリーが無くなる前に仕事を済ましてしまわなければならない」というプレッシャーを自分にかけられるのだ。「さっさと済まさないと電源が切れる!」ぐらいのタイムリミットがあった方がダラダラと作業をしがちな私は作業がはかどるのだ。
二通のメールに返信した時、私は異変に気がついた。何やら焦げ臭い。机の下のコンセントに刺していたアダプターを手に取ってみるとコードの付け根の辺りに巻き付けたビニールテープが熱で溶けていた。これまでか…。と私は思った。仕方が無い。八年前に本体に付属して来たアダプターはコードを被覆するビニールが劣化して数カ所で破けて銅線(なのかな?)がむきだしの状態になっていた。手当としてビニールテープを巻いてはいたもののいつかこうなるだろうことは目に見えていたのだ。私は観念した。バッテリーの残量を気にしながらノートブックでブラウザを開きインターネットでアダプターの値段を調べた。9500円だった。
今月の残り数日、いろいろ浮かんでいた「どこに行こう」とか「何をしよう」などというアイデアがさらさらと砂になって風に吹かれていった。
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